第6話 縮まる距離

「田中くーん、ちょっといい?」

夕方、学校帰りの学生たちが多くなる時間帯をすぎ、客足が落ち着いた時、店長がレジの奥の休憩スペースから俺を手招きした

はい、と答え奥にむかうと

「あのね、急で悪いんだけど、来週昼間のシフト入れる日ないかな?河合さんがさ、なんか体調悪くて検査入院?するとかってお休みんだよね、それで…」

「昼ですか?」

「うん、その日は夜は早あがりにしてもらっていいし」

「…火曜日と木曜日以外ならいいですよ」

「ほんと?助かる!じゃあ…月曜日と水曜日お願いできる?あーよかった!じゃああとは…あ、井上くーん!」


ポケットから携帯電話を取りだし、カレンダーをみた

今日は…まだ土曜日…

火曜日まで3日もある…



彼女とあのベンチで会うようになって数ヶ月すぎた


彼女は…お昼を食べていたり、本を読んでいたり、ボーっとしていたり

俺は、カロリーメイトをお昼代わりにかじるったり、ケータイでゲームをしたり、


そしてたまに会話をした

回数をかさねるにつれ、

彼女が持ってくるちょっとしたお菓子の量が増えていることにきづいたとき、心の中で小さくガッツポーズをした

最初は小さな酢昆布だった(酢昆布なんて久しぶりにみた)が、すこし大きめのパックのものになり、そのうちチョコレートや、クッキーになり…

「食べる?」

聞かれなくても勝手に手を伸ばせるようになり…

俺は飲み物をもっていくのも定番になった

俺はブラックのコーヒー、彼女は紅茶


そんな日々が習慣になり…

持っていく飲み物がホットになり、すっかり肌寒くなった、そんなある日


「そういえばさ」

「ん?」

「田中くん、なんであの夏の飲み会の日、あそこにいたの?うちの学科じゃないのに」

「…あ、あぁ、あのチューした日?」

「な、あ、あれ!あれちょっとまだ許してないから!ほんとに…」

「秘密」

「え?」

「企業秘密」

「なにそれ…どうせ前通りかかって、お酒のみたくて勝手に入った、とかそんな感じでしょ」

「さぁねー」


ほんとにアホなんかな…こいつ…

そうおもいながら缶コーヒーを手の中でもてあそぶ

ちらっと横目で彼女をみた

なにも考えてなさそうな、ぼーっとした顔


「あ、そろそろ行かなきゃ、次の授業の英語の先生、けっこう早く来るんだ」

鞄を肩にかけ去っていく彼女を見ながらつぶやく

「鈍感…」


でも…こんな感じが心地いい…



そんなことを思っていた日の翌々日

にあの出来事は起こって。


いや、でも…あんなことがなければ…

ずっと…なにもなく

今こうして彼女が隣にいることはなかったかもしれない



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