第2話 昔ばなしみたいやな


大学入学して感じたのは、こんなに自由な世界があったのか、ということだった

時間的、場所的制約、とかそういうことではなく、全て自分で決められる自由


私が通っていた高校はふつーの普通科だった

毎日さも当然のように大学受験のための、知識をつめこむだけの授業があり、いつのまにかそういう詰め込み授業の吸収は普通になっていて、進学することも周りもそうだし、親もそうだったらしいし、とそういうモノになにも疑問をもたなくなっていた


こんなの読めて何になるのかと(今は思う)紀貫之、古典

これはなにを表しているのか、とアホほど聞かれる現代文

こんな数式しってて、いつ使うの?と思う数学

重さの塊が滑った摩擦による衝撃なんてしらねーよ!と叫んでしまいそうな物理

そして教育法にのってるからやらせてます、みたいな体育 


そして友達

休憩時間の度に繰り返される陣地と人間の確保争い

派閥とカースト制度

移動教室のときの陳腐な約束と仲間外れ

空気のようにそれらに巻き取られて、渦中にほおりこまれ、それがないと生きていけないんだ、と思い込まされていたようなあの頃


それが…

ここでは基本的に何をしていても何もいわれない

強制されることなんて何もない

何の授業を受けるのか

誰といるか

授業の合間に何をするか

お昼に何を食べるか

全て自由


誰かと何かを合わせるなんて滑稽無形で

休み時間をどのように作ろうが

どこで過ごそうが

いつ帰ろうが

先生の目もない、誰の目もない…

自由な世界


もちろんそれが、代わりに自分ですべて責任をおうことなのだ、と気づいたのは、しばらくたってからだったけれど…



私のお気に入りの場所はキャンパス内の奥にあるグラウンドと自転車置場の間にある校舎の影

こんなとこにあったの、と思われるくらいひっそり置いてあるベンチ

メイン道路からは離れているので人通りもあまりない

斜め上を見上げると目にはいる、チラチラと木々の間からもれる日射しを浴びながらお昼をたべるのが好きだった


今日もそこでいつも通りトートバッグをあける

お弁当…といってもおにぎり一つ


一人暮らしを始めて、ある程度料理はするようになったけれど、朝が弱い私はとりあえずギリギリまで寝ていたい…そのために考えついたお昼ごはんだった

米を炊いておいて、中にいれるものさえあれば、サランラップに包んで握ってできあがり


その日もいつも通り、いつもの場所で、それをほおばろうとしたときだった


「あ、いた」

左側から急に聞こえた声に危うく手に持っていたおにぎりを落としそうになった

ふりむくと…傍らに自転車携えて立つ…

「あ…」

反射的に腰がひけて、身体が固まる

「……」

「…なにしてんの?」

私の視線を無視して笑いながら近づいてくる彼

「お昼?あ、座っていい?…っていうか許可なんていらんよね、ここ公共の場やし」 

勝手に1人でぺらぺらとしゃべり彼は私の隣にすわり、私の膝の上をみた

「あ、おにぎり…てかでかっ!そんなん初めてみたわ!1人でたべんの?」

思っても見なかった質問と、ゆるいトーンに思わず肩の力がぬけた


「え、あ…これ?具が三種類はいってるの。うちの地元の…名物」

「え?三種類?ごちゃまぜに?」

「いや、この先っぽの三ヶ所の端っこそれぞれに違う具が…山賊おにぎりっていって…」

「山賊!?はは、なにそれ!おもしれー!なんで山賊?山で食うの?」

トーンが一気にあがり笑う

「てかうまそうやなー俺白米すきなんよね…な、ちょっとちょーだい」

といってふいに彼の顔がわたしの目の前にちかづいた

「あ、え…」 

いきなり近づいた気配に驚いて、手がおにぎりを離した

地面にころんとおちる


「……あ…」

彼の顔がこちらを向く

「昔ばなしみたいやな…」 

口の端をあげて彼が笑った






きづいたら目の前にまつげがあった

長いまつげ…


…じゃない!

え?…

え?…


「んん!なっ!!!」

反射的に手を前におしだした

目の前の塊が傾く

「いてっ…」

目の前に現れた人をみる

だれ…?

…てかなに…?


「な、なにするんですか!!」

「え…なにって…チュー…??」

「……!!」

目の前にひょうひょうとした顔の男性

黒いすこしウェーブがかかったような髪

大きいアーモンドをはめたような目

高い鼻

うすい唇…

だれ…

「はぁ…じゃないですよ!なにすんですか!」 

「…」

答えずに私の顔をじっとみるアーモンドの目


「って…ていうかあなた誰!」

「え?あ、俺ですか?ナガセです。」

答えながら縁側に下ろした足をぶらぶらし、指をさわりだした目の前の男のこ


ここはキャンパス内の合宿場というなの一軒家

主には体育会系のサークル、部活動が合宿をする際の寝泊まり場に使用されているが、遣われていない日は、大学内の有志グループであれば学生課で手続きをすれば、学部生であるば誰でも経て使用できる。最低限の食器や家具が揃っており、広さも十分あるので、学生たちからは、交流会とめいうち、安価にのめる居酒屋としてよく使用されていた

今日はうちの学科の夏の飲み会

学科といってもうちの生活保健学科は一学年40人もいないから、4学年全員に声をかけてもその中の有志が集まって80人ほど

知らない顔もいたけれど、なんとなくおなしこうしゃで顔をあわすし、同じ講座をとることがおおいから、顔はあるていどはわかっている

そんな交流会の一つ、初夏なのにその日は湿度が高くて蒸し暑く…みんな学生ならではののみっぷで、水のごとくビールをのみ、近くの居酒屋から届けてもらったビールのケースは三ケースほどがあいていた

その時は夜も更けてきたこともあり半数は終電にあわせて帰り、半分はどこかにきえ、半分は酔いつぶれてねていた

そんななか…


「…じゃない!!ていうかなにするんですか!!いきなり…なに考えて…」

「だって、あなたぼーっとしてたから」

といってこちらをみて口の端をあげる男の子

「な!ボーっとって…してない!…じゃない!しててもしていいことと悪いことが…」

「別に悪いことはしてないやん」

「な…」

「もう一回しとく?」

「…はぁ?ふざけないで!」

らちがあかない、と思いその男の子をにらみつけて部屋にあがった

かばんをさがす

「え?かえるの?」

背中にかかる声をむしして廊下へ向かう

「またね、○○ちゃん」


なに!なんなの!

信じらんない!



すこし暑さので出したある夏の夜

それが廉…永瀬廉との出会いだった



廊下を歩く林さんの背中に声をかけた

一瞬こちらをみた林さん

「…おはよう、なに?どうした?」

「……決めました、俺」

「…なにを」

「…一年間、あいません」

「……」

「会わないので、その代わり一年後…よろしくお願いします」

林さんがメガネのおくからこちらをみる

「……本気?」

「…はい、決めました」

沈黙

「……あ、そう、わかった」

「…はい、よろしくお願いします 

「……」

腰を曲げた俺になにもいわず林さんはヒールの向きを変えた

「……」


腰を曲げたままいると頭の上に声がきこえた


「…おはよ、紫耀」

「……」

「なに?朝からどしたの?」

「……ジン…なんでもない」

「……」

「…」


「っはよーー!」

「……」

「……」

「なになに?2人とも怖い顔して?朝からダメだよーそんな顔したら!幸せがにげちゃうよー!」

「海人…」

「ん?なに?」

「……なんでもね」

「あれ?紫耀無視かよ!?なになに…」


鞄をもって歩き出した

これから…勝負だ



「……なになに?紫耀、なんか顔ちがったんだけど、なんかあったの?」

「……わかんね」

「えーなんか…」

「かっこよかったな、なんか」

「……うん」


2人の視線を背中に感じながら前に進んだ

前を向く

未来に向けて







「わたしは…紫耀が紫耀でよかった…」

紫耀が涙に濡れた顔をあげる

「俺も…出会えてよかった…○○でよかった…」

目を見ながらうなづく

微笑みを作ろうとするけどうまくつくれたかわからない

「…がんばるよ一年」

「…え」

「一年間…我慢する」

「……」

「その間に…もっともっと強くなるから…だから…紫耀はおもいっきり仕事して」

「……」

「余計な心配は…しないから」

「心配?」

「紫耀を…信じてる」

「○○…」

「信じるから」

私の頭をがっと抱きしめた

肩に涙のあとがつく

わたしも背にてを回した、ぎゅっと抱き締める

「俺も…信じてる」

「…うん」

「俺たちのやり方で…幸せになろう」

「…うん」


「じゃあ…あの約束しよう」

「え?」

「指切りしたいっていったでしょ?」

「あ、うん、いま?」

「うん、いま、」

「はい」

といって紫耀が指切りのかたちを作る

「…はい」

「……あ、ちょっとまってそのまま目つぶって」

「え?なんで…」

「まぁいいから、ね、はやく」

目をつぶると紫耀がたちあがる気配がした

「…ね、もういい?」

「まだ、まって」

目の前に座る気配がして手を握られた

上にあげた小指になにかはまる気配

「…いいよ」

目を開けると上にあげた小指にはまっていた


…金のリング…


「これ…」

わたしにかまわず小指をからめ紫耀がうたう

「ゆびきりげんまん、うそついたらハリセンボンのーます、ゆびきった」

「…」

微笑む紫耀

「ハリセンボンってすごいよね、千本だよ、そんなに針あるかな…」 

そういって目をさらに細めて私の手を握る

「…指かえてもいい?」

そういって私の手を取り、小指からリングを隣の指にうつしかえる


涙で指が見えない

「○○」

「愛してるよ」

「…」

「○○愛してる、ずっと…」

 

もう涙でなにも見えなかった

感じるのは紫耀の体温と声

愛しい彼の体温だけ


 



































































































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