推敲警察がお前をかならず追い詰める with.母

ちびまるフォイ

ちゃんと推敲しろ

ドンドン!!


「ここを開けろ! 推敲警察だ!」


部屋の中では男が一心不乱に文章を書きなぐっている。


「推敲警察だ! 開けるんだ!」


「うるせぇ!! 黙ってろ!! 今忙しいんだ!」


「度重なる誤字脱字の通報があった! 今回も推敲せずに投稿するつもりか!!」


「それがなんだっていうんだよ!!」


「お前が推敲しないせいで、ちょいちょい挟まれる誤字に読者が迷惑してるんだ!」


「うっせぇ! 本編には影響ないだろうが!」


「おおありだバカ! 小さな誤字が悪目立ちして本編が入ってこないんだよ!」


「そんなことしるか! 神経質な読者ひとりひとりに合わせて投稿しろってのか!?」


男はなおも筆を進める手を止めない。

いつこのまま投稿ボタンを押すかもわからない。


推敲警察は別の方法にうって出た。


「……故郷のお母さんはどう思っているだろうな」


「おっ、おふくろは関係ないだろ!」


「お母さんに聞いたよ。昔から作文が得意でよく先生に褒められてたんだったな」


「……うるせぇ! ほっとけ!」


「昔はあんなに丁寧にミスがないかチェックして先生に提出していたのに

 強引に書いてそのまま推敲もせずに出している今の姿を見たらどう思うかな」


「昔のことは関係ないだろ! それに今すぐに投稿しなくちゃ読者が離れるんだよ!!」


「どう思いますか? お母さん」

「お、おふくろ!?」


部屋の窓からも今にも泣きそうな顔の母親がが見えた。


「たかし、ちゃんと推敲してから投稿しなさい。お母さん心配だよ」


「おふくろ……」


「そんなに慌てて投稿してなんになるの。

 丁寧に見直せば気づくことだってあるでしょう」


「おふくろにはわからねぇんだよ!

 何度も書き直して推敲重ねることよりも

 今この瞬間にしっかり提出できる大切さなんて!」


「どうしてそんなに追い立てられるようにして書いているの?

 誰かがたかしにそんなことを強いているの?」


「そういうことじゃねぇ! もうおふくろにはわからねぇんだよ!!」


「たかし……」


推敲警察は母親の肩にぽんと手をおいた。

そして男に向かって語りかける。


「たかし君、君は知らないだろうがね。

 ここで最初に投稿した作品を覚えているかい」


「そんなの……覚えてるに決まってるだろ」


「見直してみなさい」


男は推敲警察に言われるがままに自分の最初期の作品を見直した。

漫画家が1巻と最終巻で絵が上達するように、自分も昔との文章に差があるものと思っていた。


「これは……ちがう。こんなにきれいな文章じゃないぞ!?」


「そうだ。君が雑に書きなぐった文章も推敲されているんだ。

 今現在の作品とそう差はないだろう? 誰がやっていると思うかね」


「まさか……おふくろ!?」


「そう。君がまだこのサイトに不慣れだったときから、

 君のお母さんは夜なべして必死に君の駄文を推敲し続けていたんだよ」


「おふくろ……!」


男は投稿したらそれで終わりだと思っていた。

見直すこともしない投げっぱなし。


ひとしれず推敲されて完成度が上がっていたなんて思いもしなかった。


「おふくろが推敲していたのか!? 昔からずっと!?」


「たかしは昔から言葉が足りずに誤解されることもあるから

 お母さんが手直しして本編をよりうまく届けられるように手直ししたんだよ」


「おふくろ……! いつも仕事で遅かったのに……!

 俺みたいな……俺のために……推敲し続けていたのか……!」


男の目からは大粒の涙がこぼれた。

脳裏にはうすくドアの隙間から差し込まれる光の中で、

夜中遅くに母親がパソコンに向かう後ろ姿だった。


途中で執筆を投げた連載も、最初の勢いだけで書いた短編も。

自分の母親がなんの見返りもなく推敲してくれていた。


「俺は自分の力だけでここまでなれたんじゃなかったんだ……。

 ぜんぶ、おふくろが推敲してくれていたから……」


「たかし、推敲の大切さをわかってくれたかい?」


「ああ。これからはちゃんと自分でも推敲推敲して、

 誤字脱字だけじゃなくよりいい作品になるように推敲するよ!!」


「たかし……! わかってくれたのね……!」


男は「いますぐ投稿」のボタンから指を離して推敲を決めた。

母親は改心した息子を見て涙を流した。



そして、なにやらスマホを取り出すと電子機器に詳しい息子に画面を見せた。


「たかし、さっきマスクせずに出歩いた旅レポをツイートしてから

 なぜか批判で通知が止まらないのよ。どうにか止められない?」




「投稿前に推敲しろ」

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