その十六


 僕は『塩サウナ』をスルーして、友人を置いて帰ってしまおうかと思っていたのですが、丁度そのとき、例の『青い目の親子』が湯船から上がり塩サウナの扉に手を掛けたのです。「他人の目があれば奴も下手なことはしまい」と考え、僕は親子と一緒に塩サウナに入りました。


 先頭に立つ『お父さん』が、ひとり汗びたになって座っている友人の姿を目にして、どんな表情をみせたかは知る由もないのですが、男の子の手をしっかり握り直したところを見ると、友人を警戒していたことは確かです。


 閉鎖空間である『塩サウナ』の最深部で異様なオーラを纏った友人に注意しつつ、僕達は手前の席に座りました。

 友人の対角、出入り口の横に男の子、その隣にお父さん、そしてお父さんの向かいに僕です。つまり、男の子をガードするフォーメーションです。どことなく海兵隊員の様な見てくれのお父さんは席に着くと、僕の目を見て小さく頷きました。僕も目礼を返します。

 因みに、男の子も含め、あの場にいた四人全員が頭を刈り上げていました。お父さんが一番キマっています。やはり本場の『バーバースタイル』にはかないません。


「何してたんだい?」友人が急に声を上げたので、僕達は思わず「ビクッ」としてしまいました。恐る恐る最深部の方へ目をやると、友人は姿勢を崩さず体を正面に向けたまま、顔だけを僕の方へ向けています。ぼんやりとした蒸気の向こうで、顔をテカテカさせながら薄ら笑いを浮かべています。

 お父さんは訝しげな表情で僕と友人のことを交互に見ています。その鋭い眼光は軍人のソレでした。バレたかもしれません。


 沈黙の中「こいつ……日本語分かるのか?」なんて考えあぐねていると、定期的に作動する『スチーム』が噴出され始めました。そう、ここは『塩サウナ』です。

 すると、黙って座っていた男の子が甲高い奇声を上げながら飛び跳ね始めたのです。アトラクションか何かと勘違いしているのでしょう、楽しくて仕方がない様子ですが、ここは公衆浴場。少し調子に乗り過ぎた様です。お父さんは世界共通のルールをわきまえていました。


 真っ白い蒸気が充満する中、お父さんに頭を小突かれて再び席に戻った男の子。やはり、興奮冷めやらぬ様子で、なんだかソワソワしています。お父さんはちょっぴりバツが悪そうに、僕達へ向けて本場の『眉毛をぴくぴく動かすヤツ』をかましてくれました。僕達は日本人を代表して、彼らを笑って許しました。


 ガキの奇行によって、なんとなく打ち解けた僕達四人は、我が国が誇る『塩サウナ』というオリエンタルな空間で、静かに『異文化コミュニケーション』を楽しみました。そこに言葉は必要ありません。コミュニケーションの真髄は、同じ時間を共有するという事なのです。

 ですが、お父さんが「むこうの言葉」でガキに何か言う度に、僕はヒヤヒヤしていました。


 そりゃそうです。ガキはお父さんの目を盗んで、横に置かれた『塩』を舐めていたのですから。お父さんが目を離す度に、壺に人差し指を突き刺して、ペロッといくのです。そして、振り返って僕の方を見ると、可愛らしく肩をすくめてみせるのです。本場の『肩すくめ』です。

 友人も『ガキの塩舐め』に気が付いていた様で、どこか遠くを見ながら、あくびが止まらないフリをしていました。そして、お父さんが中々気が付かないもんだから、ガキはまたしても調子に乗り始めます。


 何度目かのスチームが噴き出し、幾つかの小さな灯りが幻想的な雰囲気を演出し始めました。ガキはもうスチームには目もくれません。『塩』に夢中です。

 白い蒸気に紛れたガキがお父さんの目を盗み、小慣れた手つきで壺に人差し指を突き刺した時でした。遂にバレたのです。ガキが壺から人差し指を引き抜き、指に付いた『塩』を恍惚の表情で見つめていると、お父さんがガキの背中に本場の『デコピン』をかましたのです。


 驚いたガキは飛び跳ねて振り返ると、恐らく『むこうの言葉』で「ふぉう!? ダディ! ボクは何もしていないよ!? ダディ!! ボクがいったい何をしたって言うんだい!?」と叫びながら、本場仕込みのオーバーアクションはカートゥーンアニメさながらに、手足をジタバタさせてヘラヘラ笑っています。


 すると、我が子のあまりのはしゃぎっぷりに、お父さんは額に手を当て、首を左右に振りながら、僕達に本場の『crazy』を聞かせてくれたのです。


                  (続く)


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