その十三:湯


 生意気にもシャワーでシャンプーを二回して、薄汚れた体をゴシゴシ洗い、赤茶色の湯船に恐る恐る浸かった友人は「いや~、良い湯ではないですかこれは」などと、先程までだんまりを決め込んでいた態度を一変させています。


 いくら『洞窟風呂』が良い湯だとしても、僕はまだ『パッケージ詐欺』のブツを掴ませたことも、『女穴のボケ』の責任の件も、忘れていません。水に流してはいません(温泉だけに)。後で友人が『盗んだTバックを履いて、うっかりズボンを履き忘れたまま外に出てしまうボケ』をやっても僕は何も言わないつもりです。そんなもの責任は負えません。


 そんな僕の気も知らない友人は頭に白いフェイスタオルを乗せて、壁際に居る僕とは離れた位置に鎮座して『洞窟風呂』を堪能しています。そう、これも男湯のルールです。なんだかんだ言っても友人はルールをわきまえているのです。

 もちろん、頭に乗せたタオルの事ではありません。男性読者さんなら分かると思います。そうです。もし仮に湯船に浸かる際、隣に並んでいたとしたら、もうそれは決定的です。そういった方々のお邪魔はしない様にしなければなりません。


 ただ、女湯では────


 残念な事に、唯一の情報源と言ってもいいアングル先生の『トルコ風呂』では入浴の描写がほとんど無いので(左端に一人、入浴している女性が描かれています。実は『トルコ風呂』のキャンバスは元々円形では無かった様です。後年になってあの様な形に切り取られたそうなので、もしかすると元の絵では複数の入浴している女性達が描かれていたのかもしれません)女湯に入る事が許されない僕には、実情を把握する事が困難であります。


 女湯ではやはり湯船に浸かる際も、洗い場と同じ様になるべく肌を密着させながら浸かるのがルールなのでしょうか?

 

 手書きの『ぼでぃ♡そ〜ぷ』で一緒に体を洗った後に、湯船に向かったふたりは、お肌とお肌をぴったりくっ付け合って────


『……このおんせん……透明なのに……なんだか……ぬるぬるしてるね……』

「……ぅん……そぅだね……」

『……肌……すべすべになってる……』

「……ぁ……あんまり……ぅごぃちゃだめ……」

『……ねぇ……ぁんたさぁ……そんなに眼鏡曇らせちゃって……どぉしたの?……』

「……んっ……ちょっと……レンズ……舐めないで……」

『……ほらぁ……ょくみてぇ……ぬるぬるしてるでしょぉ……透明なのに……』


  なんて、温泉の泉質について語り合いながら湯船に浸かるのでしょうか?


 次も読んでね。



 さて、皆さん覚えているでしょうか? そうです。露天風呂です。ここにはオーシャンビューの露天風呂があるはずなのです。


 僕は気づいていました。薄っすら陽光が射し込む擦りガラスの窓が開閉式になっていて、外に出られる事を。そして、あれだけ居たお客さんが、この『大浴場』にはほとんどいない事を(実はこの施設には御食事処も併設されていて、そちらに多くのお客さんが流れている事を僕達はまだ知りません。ですが当然、御食事を終えたお客さん達は一風呂浴びることになります)



 友人も、あの窓が放つ異様なオーラに気が付いている筈です。さっきから窓の方をチラチラと見ています。


 新しく『大浴場』へと入って来たお客さんの放り投げた掛け湯の桶が「かぽ~ん」と小気味良いサウンドを響かせると、赤茶色のお湯に浸かっていた僕達は、どちらからともなく立ち上がりました。友人は頭のフェイスタオルを手に取り、ギュッと絞って首に掛けます。僕は短パンの日焼け跡が露わになってしまい、なんだか恥ずかしくて、こっそり太ももにフェイスタオルをあてがいます。薄いタオルが肌にピタッとくっ付いてしまって、余計にいやらしくなってしまいました。


 そして、目線を交えた我々は、いざ陽光射し込む擦りガラスの嵌め込まれた窓へと向かいます。


                  (続く)



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