その八
僕達は険悪な空気のまま洞窟内を進んでいきます。暫く歩くと下に降りる階段を発見しました。といっても、自分達が果たして何階に居るのかも分かっていないのですが、他に道は無いので降りて行きます。
すると、遂に暖簾が姿を現しました。でも、やっぱり府に落ちない。それもそのはず、その暖簾は『男』と書かれた、いつもの青い暖簾だったのです。
もちろん『女』と書かれた赤い暖簾はここにはありません。ここは『男穴』ですから。
僕達は黙って暖簾を潜りました。なれたもんです。木目調の化粧板で飾られた入り口は、洞窟内であるにも関わらず、まるでスーパー銭湯のような佇まいでした。いや、もしかすると、階段を降りて来たのでここは既に洞窟内では無い可能性すらあります。もう全てが信用出来ないのです。でも、僕達は大の大人なので野暮な事は言いません。
それにまだ、あの綺麗で清潔感溢れる大浴場とオーシャンビューの露天風呂がある「可能性」も捨てきれません。オーシャンビューの時点で洞窟内の「可能性」が消えかかっているのですが、あの頃の僕達はまだこの風呂の名前を『洞窟風呂』だと思っていたのです。
皆さんもう忘れていた頃だと思うので一応お伝えしておきます。僕達は生粋の釣り師です。
急にすいません。どうしてもお伝えしたくなりました。
それはいいとして、読者の皆さんもひとつ疑問に思う事があるのではないでしょうか? そうです。「女湯はどこにあるのか?」ということです。
女性読者さんは知らない方も多いかと思いますが、男は温泉やら銭湯に立ち寄った際は必ず女湯の方向をチェックします。特に、スーパー銭湯の様な愚民どもの巣窟では、女湯に面した壁側は激戦区です。時には流血沙汰にまで発展します。なんとか壁際を死守した『強い男』は湯船に浸かりながら、目を閉じて想像を巡らせるのです。男湯ではそんな光景が日常茶飯事です。
まあ、街中のスーパー銭湯に多い『赤と青の暖簾が並んでいるタイプ』であれば分かりやすいですね。壁を一枚隔てているだけですから。でも、そういった良心的な施設ばかりではありません。時にはかなり離れている事もあります。なんなら『階』が違うなんて事もあります。女湯が二階というケースが多いでしょうか。そういった場合、男達は湯船に浸かりながら天井を見上げています。
しかし、この洞窟風呂では『湯』どころか『穴』からして男女が分けられてしまっているのです。男性読者さんには大変申し訳ないのですが、正直なところ、この話を書いている今でも「女湯」がどこにあったのか分かりません。なにしろ男と女では『穴』が違うのですから。
もしかすると『男穴』と『女穴』では内部構造すら違っていたのかもしれません。緑のペンキではなく、ふかふかの赤絨毯にウェルカムドリンクまで付いていた可能性もあります。あくまでも僕の想像ですが。
事実に反する事を書く訳にはいかないので、男性読者さんにも想像で補って貰う他ないことが悔やまれます。
因みに、僕は西洋絵画に興味があるのですが、普段なにかの拍子に女湯を想像で補う必要に駆られた時は、フランスが誇る新古典主義の巨匠、ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングルの『トルコ風呂』という作品を思い浮かべます。ご参考までに。
さて、皆さん。僕達が洞窟内で発見した階段を降りて、暖簾を潜ったことは覚えていらっしゃいますでしょうか?
前回から引き続き、話が全く進んでいない上に『眼鏡詐欺』に『トルコ風呂』なんてぶっ込んでしまって「話の軸がズレてきてないか?」と思う読者さんもいらっしゃることでしょう。ご心配には及びません。これが僕の執筆スタイルです。これを僕は『読者さんを振るいに掛けるスタイル』と呼んでいます。特に話の中盤からこれをやり始めるのは僕の悪い癖です。
尚、女性読者さんに至っては、もう一人もいない可能性すらありますが、もしいらっしゃったら、次も読んでね。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます