その七


 さて、遂に洞窟の入り口へと辿り着いた僕達ですが、友人は府に落ちていない様子です。もちろん、僕もです。なにしろ『眼鏡女子』が来ると思っていたのに蓋を開けてみれば……いや、インターホンが鳴ってワクワクしながら扉を開けてみたら、眼鏡を掛けていない上に────



 例の写真では綺麗にライトアップされ、薄ぼんやりと白いモヤの様なものが立ち込めていた洞窟の入り口。しかし、目の前にあるのは幻想的な雰囲気など微塵もなく、冒険心のひとつも抱かせることのない、何故か二つに増えてしまったチープな『穴』。なんと言うか、面影は残っているんです。「これは洞窟だ」「何が違うというのか?」と言われれば否定は出来ません。


 僕達は大の大人なので野暮な事は言いませんでした。「パッケージ詐欺など良くある事だ」と許しました。


 気を取り直して僕達は向かって左側の「男」と書かれた『穴』に入りました。もちろん、僕は『男穴』に入る前に隣の『女穴』の方へふらふらと歩いていくという、すごく面白いボケも入れました。


 登山に出かけた際、男体山と女体山があれば、迷わず女体山に登る僕ですが、流石に『女穴』には足を踏み入れる事は出来ませんでした。ボケとしては二馬身くらい中に入ってしまった方が面白いのは確かです。でも、無理でした。『女穴』のかなり手前で友人の方を振り返ってしまったのです。

 やはり、思い切りが足りない事を見透かされたのか、友人は何も言いませんでした。黙って見ているだけでした。因みに、周りにはお客さんも沢山居たので、凄く白い目で見られた事は言うまでもありません。


 まさに「穴があったら入りたい」という状況でした。





「これは塹壕ざんごうかね?」蛍光灯で照らされた洞窟内に入ると、友人は辺りを見回しながら尋ねてきます。僕は塹壕というものに入った事が無いのでよく分からなかったのですが、岩肌が剥き出しになった左右の壁面の醸し出す雰囲気は確かに「塹壕」といった感じがします。


 が、剥き出しになった岩肌とは裏腹に、足元は平らに慣らされ『緑色のペンキ』の様な物が厚めに塗り付けられていたのです。なんだかツルツルしていました。なんならコンクリートでも打ってあるのかもしれません。 

 そのツルツルした緑の道は、蛍光灯と相まって、まるで僕が通っていた小学校の廊下の様でした。真っ平らな足元、更には岩肌に打ち込まれた鉄パイプみたいな手すりも備えてあり、バリアフリーは完璧です。

 どことなく地元の方と思われるお爺さんがふたり、僕達の前方に見えます。友人同士で一風呂浴びに来たのでしょう。ふたりのお爺さんが世間話をしながら手すりに掴まり、前後に並んで、まるでリハビリの様に、よたよたと洞窟を歩いている、そんな『ほのぼのとした田舎の風景』も伺い知る事ができました。これも、旅の醍醐味のひとつです。


 ただ、年期の入った岩肌の雰囲気から察するに、もしかすると実際に旧日本軍辺りが造った塹壕的なものを利用していたのかもしれません。あくまでも推測ですが。


 友人による「塹壕かね?」との問いですが、僕はこの時、そんなことよりも『Tバック泥棒』のくせに『女穴のボケ』の責任を僕ひとりに押し付けた事に対して、怒りにも似た感情を抱いていたので「さぁ?」とぶっきらぼうに答えておきました。僕は根に持つタイプです。


                  (続く)



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