第5話
困った。
あの高宮洋介と勝負する事になるなんて。
もう、昼過ぎから、6時間近くも、ベッドに腰掛け、ボウッとしていた。
「お兄ちゃんいる?」
いきなり、ドアが開き、ズカズカと頼子が入ってきた。いつもなら、ノックくらいしろと、怒るところだが、今日は、そんな元気もなかった。
「どうしたの?病気?学校サボったって聞いたから」
「高宮洋介と勝負する事になった。旅館の看板をキノナツミで製作して、僕の物と比べて良い方を使う事になった」
頼子は、戸惑った表情になった。
「え~と。そんな事?」
今度は、僕が戸惑った。
「お兄ちゃんが、今日一日中ボウッとしていた理由よ」
「だって、あの高宮洋介と勝負なんだよ」
頼子は、口を開けて笑った。
「誰が、相手でも同じゃない。勝てば良いのよ。そのために必要なら、どんな協力だってするわよ。何なら本当に裸になっても良いのよ」
勢いで言ってから、顔を赤くしている頼子を見て、少し笑えた。
心に引っかかっていた重い何かが、ふっと消えた気がした。
銭湯は、温かく人を癒す。だから、僕は、無意識に頼子をモデルにした。
「いや、今度は、不正も手抜きも無しだ。真面目に、いちからコツコツ作ってみるよ」
今度は、本当に笑う事が、出来た。
「ありがとう、頼子。ありがたいけど、頼子のヌードじゃ、キノナツミの水着には、勝てないからね。遠慮しとくよ」
頼子は、口をプーと膨らませた。
「何よ、あんなの胸が大きいだけじゃない」
「そうでもないところが、キノナツミの強みだね」
その時、初めて気付いた。
そう、胸が大きいだけのバーチャルアイドルは、たくさんいた。キノナツミだけが、特別に感じたのは、それなりの理由があるはずだ。
おそらく、それが、高宮洋介というクリエイターの秘密で強みだ。
一晩考えてみたが、分からなかった。しかし、結局自分で出来る事をするしかない。
とりあえず、ほぼ出来ていた、自分の看板動画を見てみる。
旅館の季節ごとの景色が、時間内で移っていき、その中に、コトノミフネを上手く配置してある。看板の1回転の時間は、15秒から1分なので上手く出来ている。
「しかし、これでは、勝てない」
無難では、駄目だろう。かといって、広告から、外れすぎると、意味がなくなる。
僕は、更に考え続けた。夜明け前に身支度をする。外に出ると、頼子がいた。
「何となくね」
どうしてだと、問う前に、頼子は答えた。
子供の頃の様に、ふたりで自転車を引っ張り出し黙ったまま、出発した。
あの頃、よく行った小高い丘に登っていく、入り口で自転車を停めると、そのまま登っていく。
丘の上まで登り切ると、すぐに太陽が昇り始めた。
古い小さな街が、新鮮な朝の光で、昨日までの生活の余韻が、洗い流されていく。朝日が、昇るほど、今日からの期待が、大きく膨らんでいき、とても美しい。
「僕は、この風景が、ずっと小さな頃から、好きなんだ」
隣に立つ頼子にも朝日があたり、その横顔が、とてもきれいだ。
「私は、お兄ちゃんが、小さな頃からずっと好き」
そう言って、頼子は、僕の頬にキスをした。
「だから、高宮洋介に、キノナツミにまけないで」
「もちろんさ」
僕たちは、朝日の中で、口づけを交わし、その場所を後にした。
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