第4話

 頼子との食事後、高宮洋介と連絡を取った。その日は、もう遅いので、翌朝会う事になった。


「君は、高校生だっけ?学校をサボる事になったかな。すまないね」


「いいえ。憧れの人と会えるのですから」


 田舎町の小さな宿にしては、オシャレなロビーだ。センスの良い絵と、旅の疲れを癒すように、包み込む椅子。高宮洋介も気に入っているのか、ゆったりと座っている。


「嬉しいね。君にそう言ってもらえると。お礼にコーヒーをおごるよ。この旅館の親父さんの入れてくれるコーヒーは、美味しくて、昨日からたくさん頂いているよ」


 確かにおじさんの入れてくれるコーヒーは、美味しいと評判だ。僕たちは、泊まらないから分からなかったが、ネットでは、良く書き込まれている。


「おじさんに聞いたのだけど、君は、この旅館の看板も手がけるらしいね」


「はい。僕は、この街の中だけに活動を限定する事にしましたので」


 高宮洋介は、特に表情も変えなかった。


「そうなんだ。昨日、この旅館のおじさんにコーヒーを煎れて貰いながら、話してね。コーヒーのお礼に、この旅館の看板を僕がお作りしましょうかと、持ちかけてみたんだ。もちろん無料で、キノナツミを使ってね」


 驚いた。キノナツミを使った看板は、今やとんでもない金額のはず。それを無料か。

 おじさんは、とんでもない幸運に、恵まれたらしい。


「ところがね。旅館の親父さんは、すでに、看板製作の約束していると言うんだ。本来ならここで、退くところなんだが、約束の相手が、今やキノナツミを追い越す勢いと世間で言われているコトノミフネの看板だと言う」


 頼子の名前を出すわけには、いかなかったので、ミフネという名前にしていた。


「そこでね。親父さんに、提案を持ちかけてみたんだ。キノナツミ看板を僕が、製作してみるから、コトノミフネの看板と比べて良い方を採用してくれませんかとね」


 そんな。

 僕が、高宮洋介と勝負するなんて負けるに決まっている。第一、キノナツミの看板を使えば、ほとんどそれだけで、集客力は、10倍以上に跳ね上がるに決まっている。むしろ旅館のキャパシティが追いつかない事の方が心配だ。


「親父さんは、承知してくれたよ。それと審査してくれる人もまったくの素人の自分だけでは、不安だと親父さんが言っていたで、公正に見てくれそうな人に依頼しておいた」


「誰です?」


「上代武さんと、大橋渡さんという人たちだよ」


「ポス倫の人たちじゃないですか」


「彼らは、ポス倫の中でも正統派だ。一部の連中の様に、歪んではいない。ただ、あくまでも看板として正当なら、多少の事には、目をつむったりもするがね」

 

 そうか、頼子の事は、ばれていたのか。それでも彼らは見逃してくれたのか。何故だろう?


「というわけで、僕たちが審査する事になった。まいったよ。帰ったと思ったら、いきなり戻ってこいだからね。相変わらず高宮洋介は、むちゃくちゃだ」


 確か、上代さんとか、いったか。いつの間にか、隣に立っていた。


「大橋は、遅れてくる。出張報告や、追加の出張の申請があるからね。奴がいちばん楽しみにしていると思うよ。元々クリエイターだったからね」


 上代さんも、コーヒーを注文していたらしい。旅館のおじさんが、持ってきた。


「陸くん、いらっしゃい。この人たちには、ばれていたみたいだね。それでもお咎めなしで、しかも看板製作もしてくれるらしい。おじさんは、今年、ついてるぜ」


 おじさんが、奥に引っ込むと上代さんが、言った。


「製作期間は、1週間。短いかもしれないが、それ以上、僕たちの出張が、伸ばせそうもないんだ。悪いけどそれで、頼む」


 ネットに上げてしまうと、この閑かな街が、たいへんな事に、なるというわけで、今回は、上げないという事になった。

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