第3話 美鈴

 美鈴は装甲車の中で意識を高める。

 間近に魔女が居る。

 心は常に不安定であった。

 心の奥底では怒りにも恐怖にも満ちた黒い水が浸っていく。

 それを抑え込む。

 いつ、自我が失われるかもしれない。

 自分の中の魔女の狂気が暴走するかもしれない。

 そんな不安を感じながら、ただ、平静を保つ。

 魔女となった時。

 確かに誰も殺さなかった。

 両親も姉妹も友達も嫌な人達も。

 全てを内に押し込めた。

 だが、それはいつ、暴発するとも限らない危険物になっただけであった。

 魔女になった者は魔女でしかない。

 人の力では抑え込む事が出来ない化け物。

 だから、全てを捨てて、彼女はここに来た。

 誰からも忌み嫌われているのは解っている。

 それでも人間で居たい。その一心で。

 全身に魔女の匂いが立ち込める。それは普通の人には解らない。

 自分から出る狂喜の香り。

 人を殺せと囁くのだ。

 それを拒絶する。

 外では多くの人が死んでいる。

 魔女は戦闘部隊を相手にしながら、余力で逃げ遅れた者の命を奪っている。

 圧倒的な力なのだ。

 殺せば殺す程、魔女は強くなる。

 魔女の中にいる存在が血や恐怖を求めているのだ。

 我慢する事で、呼吸が荒れる。

 待っているのだ。

 殺せる相手を殺せる命令を。

 「おい。美鈴。聞こえるか?」

 インカムに声が聞こえる。

 「はい」

 「出番だ。あいつを殺してくれ。やっぱり、俺たちじゃ無理だ」

 「はい」

 一瞬、ニヤリとしてしまった。

 殺せると解って、喜ぶ自分が居る。

 いけないと思い、無表情になる。

 立ち上がる美鈴。拘束具が重い。だが、これなくして、魔女と対面する事は許されない。

 ゆっくりと装甲車から出た。

 激しい気配に晒される。

 殺意。狂気。

 魔女が放ち香りの嵐だ。

 「今・・・殺してやる」

 美鈴は駆け出した。


 5人の兵士から集中攻撃を受ける少女だが、彼女は笑いながらその銃弾を跳ね返す。まるで踊るように彼女は力を発動させ、その暴力的な力は嵐のように隊員達に襲い掛かる。

 身体は見えない力に常に襲われ、いつ、あらぬ方向に捻じ曲げられてもおかしくなかった。それでも彼らは決して諦めない。いつ殺されてもおかしくない状況でも銃を撃ち続ける。

 「よし!美鈴、一気に攻めろ!」

 隊長の言葉に姿を現した美鈴は真っ直ぐに少女へと向かう。

 「ぬううううう!」

 少女は憎悪に満ちた表情で目の前に現れた美鈴に力を放つ。

 だが、美鈴は己の力でそれを拒絶する。

 そして、二人はぶつかり合う。激しい力の奔流が起こり、まるで爆発が起きたように強烈な爆風が起きた。一瞬にして10人の隊員は吹き飛ばされてしまった。

 「痛てててっ。桜田さん、大丈夫ですか?」

 隊員は地面に倒れたまま、隣に居たはずの桜田に声を掛ける。

 「あぁ、大丈夫だ。しかし、ああなると私達には何ともならない。距離を置いて、見守るしかない」

 少女達は1メートルの間で力と力をぶつけ合っている。何が起きているか解らないが、見えない力が空中でぶつかり合っているのだけは解った。

 

 少女は目の前の美鈴に怒りをぶつける。

 「お前も・・・お前も魔女だろうがっ?何故、邪魔をする。なぜ、全てを壊さない?何がしたいんだ?」

 少女の問い掛けに美鈴は答えない。

 「黙っているなら、どけ!私がっ。私がこの世界を壊すんだ。こんな腐った世界は滅びた方が良いだ。人間など、皆殺しにするんだ」

 少女の力が上がる。それは彼女の抱える哀しみであり、苦しみだ。美鈴には解る。それに呼応するように美鈴の中の憎悪が湧き上がる。狂気がもどかしそうに彼女に囁く。

 全てを壊せと。

 「五月蠅い」

 美鈴はそう呟くと少女を両手で突き飛ばすように力を入れる。奔流していた力が一瞬、少女に集まり、少女は力に負けて吹き飛ばされた。地面をゴロゴロと転がり、少女は倒れた。

 「チャンスだ」

 隊員の1人が銃で少女を狙う。

 「ぐああああああ!」

 少女はその声、気持ちに反応したのか、隊員に手を伸ばした。

 「まずいっ」

 美鈴がそう呟いた時、銃を構えた隊員の身体を何かが貫いた。

 「ぐはぁ」

 腹を貫かれて、彼は吐血しながら後方へと吹き飛ぶ。

 「このっ」

 美鈴は倒れた少女を蹴り飛ばす。軽々と華奢な体躯が宙を舞う。

 そして、ドスリと地面に落ちた。

 「諦めろ。お前に勝ち目は無い。もう終わりにする」

 美鈴は腰から刀を抜いた。

 同じ魔女同士だと力で相手を殺すには力が不足する。相手の力を拒絶しながら、近付き、確実に相手を殺すには刀のような近接武器しか無い。

 「ぬうぅううううう!裏切者めぇえええ!」

 倒れた少女は怒りに満ちた形相で美鈴を見上げる。そして、力を集めようとした。美鈴の身体に強い力が加わる。少しでも油断すれば、体が吹き飛ばされそうになるが、彼女はその力を自らの力で弾き、一歩、一歩と近付いた。

 「もう止めろ。お前は悪魔に操られているだけだ。どれだけ人を殺しても、お前の心は満たされない。静かに眠れ」

 美鈴はあやすように少女に声を掛ける。

 「黙れ!黙れ!黙れ!こんな世界っ!すべてっ!壊してやるんだぁああああ!」

 少女は天を仰ぐように叫ぶ。

 美鈴は彼女の身体を刀で貫いた。

 元々、運動が苦手な少女だった。

 刀どころか竹刀だって手にした事のなかった少女の小さな手は刀の柄を握り、その刃を少女の胸に深々と突き刺す。

 「あぐぅ・・・あっ・・・あっ・・・わたしっ・・・わたしは・・・」

 少女は涙を流しながら、見下ろす美鈴に右手を伸ばす。

 「ごめん」

 美鈴はそう彼女に呟くと、その右手はパタリと地面に落ちた。

 

 「目標は沈黙した。周囲の負傷者をすぐに手当てをしろ」

 隊長は銃を構えながらゆっくりと刀を鞘に納める美鈴の元へと歩み寄る。

 「大丈夫か?」

 「はい」

 美鈴は少女を見下ろしながら、そう呟く。

 「けっ・・・穏やかな表情で死んでやがる」

 隊長は少女を見下ろし、嫌そうな表情でそう言うと、踵を返した。

 「お前は車に戻っていろ。仕事は終わりだ」

 そう言われて、美鈴は疲れたような足取りで装甲車に戻る。

 この事件で100人余りの人が殺害された。

 何故、こうなったか。そのことを言及する者は少ない。ただ、魔女となった者だけが憎しみの対象となるだけだった。

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