第15話 才能

「たった1日で見違えたわね......」

「凄えっす!兄貴!」


 氷室と出会ったその日の放課後特訓の時間。俺の特訓は昨日の50mダッシュから100mダッシュに走る量を増やして行われていた。


 タイムは大体8秒前後を推移しており、これは【無能力者ノーマル】の100m走の世界記録を1.5秒ほど上回る記録だ。どれだけ虚弱体質でも【身体強化フォース】を使えばアスリート並みの身体になるとは聞かされていたが、まさかこうも軽々と......しかも連続でそれを繰り返せるほど余力が余るとは思ってもみなかった。(ちなみに幻坂ほろさかは100mを5秒足らずで走った。もはや化け物)


 氷室のアドバイスのおかげで多少時間を掛ければ【身体強化】を使えるようになった俺は、今日の授業中は授業そっちのけで素早く体の隅々に精神力マインドを行き渡らせるイメージトレーニングを行なっていた。その甲斐あってか、朝は20秒ほどかかっていたそれがおよそ12~13秒にまで短縮されていた。


「何かコツを掴んだの?」

「早朝にも1人で特訓しようと思って公園に行ったんだよ。そしたら女の子が寝てて。途中からその子にアドバイスを貰ったんだ」

「女の子が......寝てた?」

「ああ。ベンチでな」


 そう言うと幻坂ほろさかが右手を右目に覆いかぶせるようにし、ため息をついた。


「あの子ったらまた......」

「知り合いか?」

「公園で寝るような子は1人しか知らないわ。注意しておかないと」

「た、大変だな」


 なんだかオカンのような事を言っている。俺を見てくれていることといい、面倒見が良い性格のようだ。


「それはそうと伊織、次は速く走るって意識を体全体の強化って言う意識に変えなきゃいけないの......だからね?」


 幻坂が目を1秒ほど瞑った。それは瞬きほどの時間だったが......目を開けた瞬間、燃え盛る炎を幻視する程の圧が俺の体全体を襲って来た。


「【強度ストレングス】は3割に抑えておいてあげる。構えなさい」


 すると幻坂は以前にも見せた独特の構えを取る。これは明らかに臨戦態勢だ!


「おいおいおいおい、何しようとしてんだお前!」


 キョトンと首を傾げる幻坂。しかしその仕草と裏腹に全身に恐怖の感情が渦巻く。


「何って......普通のスパーリングよ」

「スパーリングにしてはお前の手にミットが無いように見えるんだが?」

「そりゃあそうよ......


 俺が瞬きした瞬間、眼前で拳が止まっていた。


「ヒィーーーーーーッ!?」

「受けないと痛いわよ!」

「やめてくれええええええええええええ!!!!!」


 とんでもない速度で幻坂の拳が飛んでくる。右、左、右と高速のラッシュが絶え間なく降り注ぐ。


「ほらほらほらほらほらほらほらほら!!!」

「うおおおおおおお!!!」


 1発1発を避け、流し、流しきれなかったものをガードしつつ受ける。


(......これは)


 勿論前やった時とは違って幻坂の姿が見えていると言うのもあるし、【身体強化】の【強度】、単純な拳の速度を緩めてくれているとは言え、割と捌くことが出来ている。普段の景色とは違い、そこはかとなくくっきりと、そしてスローに見えている為、1発につき一瞬ではあるが猶予が生まれているのだ。


「へぇ」


 心なしか幻坂の目も『やるじゃない』みたいな感じになっている......気がする。


「想像以上ね......ペース、上げるわ」


 幻坂が発する圧が一層濃くなり、それに応じて繰り出される拳の速度が体感1.5倍近くまで跳ね上がる。

 そして遂に俺の防御を1発の拳が潜り抜けーーーー


 ズガガガガガガガガガガガ!!!


「ガハッ!」


身体強化フォース】を乗せた連撃を喰らい、俺の体はトラックに跳ね飛ばされるかのように吹き飛ばされた。


「いってぇ......」


 攻撃を捌き続けた腕や肘、手の甲、そして胸など上半身の殆どの箇所に激痛が走っている。走っているのだが......


「思ったより......」

「痛くない、でしょ?」

「ああ。思ったより、だけどな」


 ズキズキと断続的にくる痛みを耐えつつ立ち上がる。

 今食らった連撃は模擬戦の時に幻坂に喰らった蹴り1発と比べ、いくらパンチと蹴りの力の差があるとはいえあまりにもダメージが軽かった。


「でもなんでなんだ?」

「【身体強化】は文字通り身体能力を上げる。でもそれは攻撃方面に限った話じゃないの。体の剛健さ......平たく言えば耐久力をも高めてくれるのよ」

「なるほど。それで......」


 模擬戦で喰らった時、俺は【身体強化】を使う事が出来なかった。その為生身で受けてしまい、それがあの痛みにつながったのだろう。


「私としてはまだまだだと思うけれど、私の【強度ストレングス】30%の【身体強化フォース】を乗せた連打を捌けたのなら十分実践レベルではあると思うわ」

「本当か?」

「えぇ。だって私の30%はそこらの【異能者イクシーダー】の【強度】よりも強いもの」

「さいですか......」


 やはりこの幻坂 夢乃と言う女は規格外なのだろう。次元の違いを感じる。


「その顔、私との差がどうとか考えてるでしょ」

「......なんでわかった」

「バディに誘った時と同じ顔してたわ。そうね......証明してあげるわ」


 そう言うと黒岩の元へ歩み寄る。


「黒岩、貴方にもやってあげる」

「え!?姉御、どうかご勘弁を」

「行くわよ......」

「姉御ぉ!?」


 今度は黒岩に対して幻坂の拳の雨が降り注ぐ。しかし流石喧嘩で日常的に使用していたと言うだけあって黒岩の対応も速い。軽快な動きで幻坂の攻撃を避け、流し捌いていく。

 しかしーーー


「ちょっ、姉御、タンマ」

「実戦に!タイムは!ないわよ!」

「姉御ぉぉぉぉ!!!」


 幻坂の右ストレートが黒岩の顔面ど真ん中に突き刺さる。黒岩は物理的におかしな回転をしつつ吹き飛んで行った。


「......ま、つまりこういう事よ」

「どう言う事だ?」


 結局俺も黒岩も幻坂に歯も立たなかったと言う事だろうか?


「私はこう言いたいのよ。私じゃなくて伊織、って」

「俺......?」

「長い間【異能者イクシーダー】として他人より遥かに鍛錬を積んで来た私が【身体強化フォース】を巧く強く使えるのは当たり前。【異能者】としてではなくても喧嘩で普段から使っていた黒岩の発動が早いのも当たり前。けどね、伊織。貴方は【異能者】になってまだ1ヶ月ちょっとなのよ?」

「えっと.......」

「端的に言って成長が速すぎる。教えてるこっちが自信無くしちゃうわ」


 幻坂は自嘲気味に呟く。


「貴方の飛び抜けた才能はよ。教えられた事、思いついた事を強く意識する事で驚く程速く、そして強くその意思を反映出来る......それは【異能者】にとって最も大切かつ最も難しいものなのよ」

「俺の......才能......」


 そう言われるとなんだか照れてしまう。


「俺なんて3年以上不良やってるんスよ?その間に大人数同士での抗争なんて両手じゃとても数えられないレベルでやってたんッス。小競り合いまで含めたらそれこそ3桁に届くかもしれないくらいの回数【身体強化】を使って来た俺が兄貴と同じ【強度】なんてちょっと信じられないッス」

「いやどんだけ喧嘩してんだよ......」

「無敗だったッス」

「そりゃ【身体強化フォース】を使ったやつに【異能ギフト】も持たない【無能者ノーマル】が勝てるわけないわなぁ」


 不良の皆さんに同情してしまう。


「一先ず俺が飲み込みが早いってのはわかった。だけどその上で......まだ、足りない」

「えぇ。勿論よ。私が言ったのはあくまで使い物になるってレベルの話。でもそれは並の【異能者】と戦う時限定......校内戦ランキングじゃそうはいかないわ」

「ああ。だから......もう少し、頼む」

「任せて。使い物になるまでしごいてあげる」


 その後も俺の【身体強化フォース】修得訓練は続いていくのであった。

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