第14話 公園の眠り姫

「くわぁ~、ねっむ」


 欠伸あくびを噛み殺しつつとぼとぼと寮を出る。買ったばかりの着慣れないジャージが歩くたびに乾いた音を立てている。


 時刻は朝5時半。いつもの登校時間より2時間ほど早い。つまりそれだけ早起きしたという事で、眠気がとんでもないことになっている。


 何故こんな時間に出てきているのかと言えば......昨日同様、【身体強化フォース】の特訓のためだ。

 何せ後3週間もないのだ。放課後の練習時間だけでは到底間に合わないだろう。だから早朝から1人で特訓しようと思い立った......のだが、準備運動でもしようと向かった学内の公園にある休憩スペースに先客がいた。


「............」


 肩先で切りそろえられた白銀の髪、学校指定のブラザーを着ているはずなのに何故かチラつくフード。そしてベンチに横たわって規則正しく微妙に上下する体......有り体に言えば眠っている。


(えっ、なんで寝てんの?)


 朝早く起きて公園の休憩スペースに座って......そのまま寝たのか?


(まあいいか)


 別に喋りに来たんじゃないし、誰かが寝てようと俺のする事に支障は無い。しっかりと準備運動を済ませ、50mダッシュを始める。


「うーん......」


 幻坂に言われた通り速く走る事だけを意識してダッシュを数回繰り返したが、結果はあまり芳しく無い。途中で多少の加速なら感じるのだが、持続せずにすぐ戻ってしまうのだ。


「何か足りない気がするんだよなぁ......意識が足りないのか?」

「意識とかそう言うの以前の問題」

「あ、やっぱそうか......俺も何か違うと思ってだんだよな」


 その何かがわからないわけだが。

 うんうん......うん!?


「だ、誰だ!?」


 声をかけられたから咄嗟に反応してしまったが、この場には俺しかいない筈だぞ?


「............」


 銀髪ショートの女の子がベンチに座っている。眠たげに細められたその紫水晶アメジストの双眸は俺の方を見つめていた。どうやらさっき寝ていた人物が目を覚ましたらしい。

 触れたら壊れそうな白磁の肌に整った目鼻......神秘的とさえ思える雰囲気も相まって幻坂に負けず劣らずの美人だ......ちょっと緊張して来た。


「き、君は......?」


 取り敢えず名前を尋ねる。


氷室ひむろ氷室ひむろ 雪風ゆきかぜ

「氷室さん、だな。覚えた。俺の名前は......」

小手川こてがわ君でしょ、知ってる」

「なんで俺の名前を?」

「今この学校で【階段飛ばし《ステップオーバー》】の事を知らない人なんていないと思う」

「......そう言うことか。ところでなんでベンチで寝てたんだ?」


 すると彼女は傍から何かを取り出して見せて来た。


「これ、読んでたら寝てた」


 小さめのサイズの文庫本だ。


「こんな早朝から外で読書か?」


「昨日の夜から。目が覚めたら朝だった」

「よ、夜から!?大丈夫なのか?」


 女の子が外で、しかも1人で寝てるなんて危険すぎる。


「学校の敷地内だし。そもそも私を襲える人なんて限られてる」

「そ、そうか」


 氷室 雪風、とてもそのダウナーな雰囲気と言い、淡白な喋り方と言い、かなり変わった子の様だ。


「そう言えばさっき意識以前の問題って言ってたよな?どう言うことだ?」


 美少女が先ほど言っていた事を聞いてみる。意識するのが大事なんじゃないのか?


「それ、【身体強化フォース】の訓練でしょ?」


「そうだ」


 幻坂も言っていたが、やはりみんなこれで特訓して覚えたらしい。


「【異能ギフト】って言うのは精神力マインドを消費して意思を実現させる、そうでしょ?」

「ああ」

「君が今やってるのはただ意識してるだけ。意識だけしても精神力が消費出来てないからやれてない」

「......つまり?」

「まず全身に精神力を行き渡らせて。いくらアクセルを踏んでも燃料が無いと車は動かない」

「な、なるほど......」


 確かに理にかなっている。『速く走る』と言う意思をどれだけ固めたとしても精神力を消費出来なければ意味が無い。


「スゥゥ......」


 深呼吸して肺に酸素を取り込む。そのまま全身に酸素が血管を通して運ばれていく時、一緒に精神力が運ばれるイメージ。大動脈から動脈、枝分かれした毛細血管を通り、体の末端まで満たされていく。

 そのままクラウチングスタートのポーズに入り......全身に行き渡ったと思った瞬間に意思を強く持つ!


はやく、はやく、はやく!)


 すると全身がスッと軽くなり、一歩で進む距離が増え、だと言うのに足の回転数も上がっていく。流れる景色は乗り物に乗った時にしか見たことがない程の速度で流れていくーーー


 そして永遠のような一瞬ののち、気づけば50m走り切っていた。


「これは......」

「ちゃんと使えてた」

「マジ?」

「まじ」


 って事は!


「っしゃあぁぁぁぁぁ!」


 めでたく【身体強化フォース】を修得した!


「喜ぶのはまだ早いでしょ」

「ぁぁぁぁぁ......って、え?」

「え?じゃない。毎回そんな時間かけて使うの?」

「......ダメだな」

「突発的に、瞬間的に使えるようにならないと。大体20秒くらいかかってたし」

「それじゃ実戦で使えない、と?」

「それに今のは速く走るってだけのイメージだから文字通り速く走る事しかできない。今のじゃせいぜい蹴り技の時に威力が乗るくらいでしょ」

「ふむ、つまり?」

「次はもっと速く......『身体を強くする』って意識しないと」

「ごもっともでございます」


 そりゃあそうだ。速く走ったところで体が頑健になるわけじゃない。必要なのは強い体だ。


「まあ少し教えただけで出来るようになったんだから筋はある。後は夢乃が何とかしてくれるでしょ。じゃ」


 立ち上がり、歩きつつ言う。


「夢乃......幻坂の事か。名前呼びとは随分仲良いんだな」


 そう言うと氷室は足を止め、後ろを振り返った。


「本気で言ってる......?」

「え、本気も何もそうなんじゃ?」

「もしかして私の事、知らないの?」

「え?氷室さんだろ?」

「......良いよもう。今度こそ、じゃ」

「お、おう。今日はありがとな!」


 手を振ってみるが、彼女が振り返る事はなかった。

 ......それにしても


「すっげえ美人だったなぁ......」


 終始心臓がバクバクだった。幻坂と言い氷室と言い美人と話すのはやっぱり緊張するな。


「それはそうと忘れないうちに体で覚えておかないと」


 その後も登校時間になるまでイメージからのダッシュを繰り返したのであった。

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