学内ランキング戦

第10話 子分とバディと秘密の話

「兄貴!飯にしましょう!」

「......」

「兄貴!!!」

「うるせえしむせえしうるせえよ。あとその兄貴ってのやめろ」

「俺にとって兄貴は兄貴だけッス!」

「俺はお前みてえな弟を持った覚えはねえ!」


 あの騒動から2週間、俺の身近で2つの変化が起こった。


 まず一つ目。ぼっちかつ嫌がらせを受けていた俺だが、ここ数日は常に強面の赤髪男が付き纏ってくるお陰でぼっちではなくなっていた。

 そう、強面の赤髪男......元くろにくる?のリーダー、黒岩くろいわ 火山かざんが我が校、もっと言えば我がクラスに編入してきたのだ。


 あの一件が終了した後、俺たちは黒岩を警察に引き渡した。直ぐに取り調べが開始され、奴の事情が明らかになってきた。

 まず黒岩は一般家庭育ちだったーーー正確に言えば一般的な教育を受けていたとは到底言えないわけだが、兎も角一般家庭で生まれ育っていたのだ。

 黒岩は小中と普通の公立校を卒業し、高校は偏差値低めの工業に通っていたらしい(直ぐに行かなくなったようだが)。つまり俺と同じく【異能者イクシーダー】の自覚無く一般社会で暮らしていたと言う事だ。

 ここで問題になったのは、何故黒岩は【異能ギフト】を持っていたのか、と言う事だ。


 ここに関しては黒岩自身が回答した。曰く、『自分の母親は体を売る風俗店で働いていた』『その客の中の1人にたまたま【異能者】がおり、たまたま一回で自分を孕んだ』......と言う事だ。

 実際【異能者】の婚姻はシビアらしい。両親の【異能】の性質や属性が子に受け継がれる以上、恋愛結婚と言うものはほとんど無く、基本的には相手の異能との兼ね合いや噛み合いで婚姻をし、子を為すとの事だ。

 そしてそう言う望まぬ結婚をした【異能者】が周りにバレぬようにわざわざ一般の風俗店に足を運び、本番行為に及ぶという事は割とある事だそうな。そこでデキてしまう事が少ないというだけで。


 そう言う生い立ちで育った黒岩だが、中学の時に手切金のように多額の金を置いて母親が男と高飛び。その際の怒りで夜の街を歩き、喧嘩をした時に初めて自身の手から炎が出る事を自覚。自身が【異能者】である事を知った。

 それ以降は【異能者】専門の学校に在籍することはせず、街で不良達と喧嘩に明け暮れる日々を送り......遂に不良グループ、紅露似苦瑠(クロニクル》を結成。その頭として今まで過ごして来たとの事だ。

 そしてモール内で暴れたのは本当についカッとなって......と言うしょうもない理由だった。どこまでも短絡的でバカな発言ではあるが、その実炎を出すと言う割と危険な部類に入る【異能ギフト】の持ち主としては少々致命的と言わざるを得ない理由だ。


 そこで俺と幻坂ほろさかが学園に一応と連絡を入れた所、あのクソ女才園寺 恵が本件に介入。奴が教育を受けていない【異能者イクシーダー】である事、人的被害はなかった事、仮に逮捕して実刑判決を下そうとした所で【異能者】と言う身分に加えてそもそも未成年のため重い刑にはならない事を提示した上で、黒岩の身柄を才園寺学園で見ると言う保護観察処分にするよう要求。店舗側との話し合いの末、焼失した商品と店の工事費、店を閉めていた間の予想利益の補填と謝礼を条件に交渉成立、黒岩は晴れて才園寺学園にて保護観察処分を受けることになった。


 勿論学園長アバズレは黒岩本人とも話をした上でとある契約を結んだのだそうだが......その内容に関して黒岩が喋ることはなかった。

 他にも恐らく非合法な手や法に触れるか触れないかギリギリの手も回してはいるだろうが、何はともあれ黒岩は我がクラスに編入し......俺の事を兄貴と呼んで付き纏って来る様になった。 なんでも自分に勝ったから、らしい。不良界隈ってそういうものなのだろうか?


 まあ実際ずっとぼっちってのは居心地が悪かったし、それに黒岩は外見のせいか俺のように嫌がらせを受けているわけではないが、一般からの成り上がりという事で輪からはやはり外れている。はぐれ者同士仲良くしておくのがベストだろうとは思ってはいるんだが......


(正直気恥ずかしい)


 何せ自分より身長が10cm以上は高い強面のヤンキーの様な男から兄貴と呼ばれるのだ。割とキツい。

 そして当然『自分に勝った』俺の事を兄貴と呼ぶのであれば......


「2人とも、今日もうるさいわね」

「姉御!どうしたんスか?」


 幻坂の事を姉御と呼ぶのはまあ自明の理だろう(実際は異能相性だけで言えば幻坂の方が不利らしいが)。


 そして2つ目の変化というのが......


「その呼び方はやめてって言ってるじゃない......そう言えば『伊織』、あの事は考えてくれた?」

「い、いや......ちょっと、な......」

「もう、折角この【幻想姫パフォーマー】がバディにならないかって誘ってるっていうのに断り続けるなんて、贅沢者ね」


 わざとらしく言って幻坂はニコリと微笑む。次の瞬間、教室中から凄まじい殺気が俺に向かって降り注ぐ。

 ......そう、第2の変化と言うのは幻坂の俺に対するバディの勧誘、及び俺への呼び方の変化である。


 幻坂は元々学園内ランキング2位の才媛。加えて【学園三姫トライ プリンセス】の【幻想姫パフォーマー】。本人も言っていた様に学園内ではその称号と肩書に準じた立ち振る舞いをしていた......筈なのだが。


「......この話は一旦別の所に移してからやらないか」

「どうして?」

「そろそろ突き刺さる視線で殺されそうだからだよ!」

「周りから圧がかかったら根負けして首を縦に振ってくれると思ったのだけれど」

「いやわざとかよ!」


 近頃はこう言う冗談じみたやり取りを人前で交わす様になっていた......俺とだけ。


「こらこら、あまり大声を出すものじゃないわよ?」

「そうっすよ兄貴!」

「幻坂は兎も角お前だけには言われたくねえよ」


 こうぐだぐだしてると昼飯を食べる時間も無くなってしまう。そう思って席を立つ。


「何処に行くの?」

「飯食いに行くんだよ。じゃあな」

「つれないわね。今日は私もお供しようかしら」

「是非やめていただけると有り難い」

「ふーん......そう、わかったわ」

「わかってくれて助かる。じゃあな」

「あ、待ってくださいッス兄貴~」


 指定席にもなっている教室後方へ幻坂が歩いていくのを確認し、黒岩と連れ立って何時もの木の下へ向かった。







「ふぅ~、やっと飯にありつけた」


 惣菜パンの袋を開けてかぶりつく。うん、噛めば噛むほど普通の味だ。


「ほほろではにき、ほうしてあねほのはなし、ふへてはれないんふか?」

「食いながら喋るな行儀悪い」


 そう注意すると黒岩は素直に咀嚼して飲み込む。聞き分けが良いのはまだ助かるポイントだ。


「どうして姉御の話を受けてあげないんスか?」

「どうしてって......そりゃ俺とは釣り合わんからに決まってるだろ」

「俺、ナイスコンビだと思うんスけどね」

「馬鹿も休み休み言え。幻坂の【総合評価ランク】はS、俺はF。向こうは二つ名持ちで校内2位。文字通り次元が違うんだよ」


 考えてるだけじゃなく口に出す事でよりその差を実感する。幻坂の領域は遥か高みにある。俺なんぞ足下にも及ばない。高嶺どころか成層圏に花が咲いてるレベルだ。


「へぇ......そう言う事だったのね」


 鈴の音の様な声が聞こえる。黒岩ってこんなに綺麗な声してたっけ?


「そうなんだよ。だからあいつの誘いを受けるわけにはいかないのさ」

「そう......そういえばいつもそのパン食べてるわね。同じものばかり食べてると栄養が偏るわよ?」

「男子高校生の中の何割が栄養なんざ考えて物食ってるんだって話だよ」


 もっきゅもっきゅとパンを頬張る。やはりこのチョコロールが至高にして頂点だ。普通と言う点において。


「じゃあ私がお弁当、作ってきてあげましょうか?」

「あぁ、是非頼むよ......ッて!?」


 先ほどまで何もなかった筈の俺の左隣に正座し、弁当箱を膝の上に乗せた幻坂がいた。なんか黒岩の声と違うな......と思っては居たがまさか本当にこいつだったとは。


「なんでここに居るんだよさっきまで居なかっただろうが!」

「心外ね。私が食べていたところに貴方達が来ただけよ」

「いや着いた時お前いなかったから!」

「嘘!?なら何者かの【異能ギフト】による攻撃の可能性があるわ、気をつけて」

「いやどう考えてもお前の【異能ギフト】だろ!」


 もうツッコミきれない。幻坂はボケるのが好きらしい。


「それで、さっきのが私とバディを組んでくれない理由って訳ね?」

「......そうだよ。お前にはもっと良いバディが居る。俺はバディを作るつもりはないが、いざとなったら黒岩とでも組むさ」

「兄貴......!」

「うるさい近寄るな」

「そう。所で貴方、生徒用の個人ページって確認してる?」

「は?個人ページ?」


 個人ページって演習の前に見たアレの事だろうか。確か前は【能力値ステータス】が【体力 B 知力 C 発想 - 運 E 精神力 - 】、【総合評価ランク】はFだった筈だ。


「見てみなさい。結構とんでもない事になっているから」


 幻坂に促されるまま端末を弄って生徒個人のページを閲覧する。


「......は?」


 俺は驚きで顎が外れそうになった。


 何故ならそれは......そこにあったデータが依然とは様変わりしていたからだ。

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