第7話 騒乱と開花

「お、新刊出てるじゃん。懐かしいな」


 昔読んでたシリーズの新刊が出ていた。ずっと続刊が出ていなかったから存在自体忘れてたんだが、数年越しにやっと新刊が出たようだ。これも買おう。

 先程幻坂と別れてから俺は書店に足を運んでいた。読書に関して言えばかなり雑食で何でも読むため、物色を始めてかれこれ1時間ほどは経っているだろうか。歩き回って足も疲れて来たし、そろそろ購入して昼飯にでもしよう。

 レジに並んで会計を済ませる。今日は奮発して7冊も買ってしまった。手に持つ袋から伝わってくるズッシリとした重量感にワクワクが止まらない。


「......腹減ったな」


 案内板でフードコートの位置を確認する。何せ初めてくる場所だから構造もクソもないんだ。


「なぁ、良いじゃねえか」

「しつこいわよアンタ、そんなんだからモテないんじゃない?」

「あ?」


 耳に不穏な会話が横から聞こえて来た。1つは低音の舐め腐った様なザラついた声、もう1つは鈴の音色の様な声......ってあれ幻坂じゃないか?


「調子乗ってるとどうなるか知んないぞ?かわい子ちゃん」

「ハッ、こっちのセリフよ。股間を蹴り上げられても良いのかしら?」

「そんな怖え事言うなって。俺と楽しく遊んでくれるだけで良いんだぜ」


(......ふむ)


 どうやらこれは音に聞くナンパというやつか。幻坂ほど顔が良ければそういう事も往々にしてあるのだろう。幻坂の冷淡な対応も手慣れたものに見える。やけにガタイが良く強面、加えて赤髪と言う如何にもって感じの男にその対応を出来る女ってのもなかなかいないと思うがな。


「オイ、無視かよ」

「............」

「聞いてんのかアマ!」

「本当にうるさいわねアンタ。私はこれで失礼するわ」


 あまりのしつこさにさしもの幻坂もあしらうのではなく撤退という選択肢を選んだようだ。実際あそこまで冷たく対応されたら引きそうなもんだが......


「オイ、待てや」


 幻坂の腕をナンパ野郎がガシッと掴む。男はしてやったりとでも言いたい様なニヤニヤとした顔になるが......次の瞬間、男の体は扇風機の羽の様に一周ぐるんと回転して地面に叩きつけられた。


(痛そ......)


 そりゃあそうだ。幻坂の【異能ギフト】に直接的な攻撃手段はない。故にその攻撃手段は己が五体。体術に秀でていると言う事だ。そこらのチンピラじゃ相手にすらならないだろう。

 地面に倒れた男がゆっくりと立ち上がる。


「ククク......アハハハハ!こんなにコケにされたのは初めてだ......」


 男の軽薄な様でいて、その奥に密かな狂気を孕んだ眼光が幻坂に向けられる。


「俺は手に入るもんはなんとしてでも手に入れるのを信条としているんだが......手を尽くしても手に入らなかったモンをどうするか、わかるか?」

「知らないわよ。私をどうしてくれるのかしら?」

「それはな......」


 男が指で鉤爪を作る様にし、そのまま右手を後ろに引いた。


 それを見た俺は何故か焦燥感を感じた。何か不味いことが起ころうとしている気がする。気づけば2人の方へ駆け出していた。


「ぶっ壊すんだよ!!!」


 そう言い放つと男は引き絞ったその腕を掌底を放つかの様に幻坂に突き出す。しかしその距離からでは幻坂に届くはずもない。

 しかしその認識は誤りであった事がすぐに分かった......次の瞬間、その手のひらからは炎が噴射されたのだ!


「幻坂!」


 周りの人間が悲鳴を上げて逃げていく中、2人の間に割って入る。


(どうする!?どうすれば良い!?)


 火炎放射器の如く手のひらから突然噴出した炎が眼前に迫る。


「うおおおおおおおおおおお!!!」


 自分の体を守ろうと無意識に右手を迫る火炎にかざす様に伸ばす。


(しまった、何やってんだ!)


 終わった。炎に巻かれて戦闘不能だ。肌を焼く炎を幻視し、痛みに対する覚悟を決め、目を閉じたーーーーーー


「あれ?」


 いつまで経っても肌を焼き焦がす熱を感じない。少しずつ目を開けていくと......なんと右手を伸ばした方向、俺と男の間で炎が不自然に途切れ、空間にへばりつく様に拡散してたのだ。

 その向こうの男の顔も驚愕の色に染まっている。


(な、なんだ?)


 幻坂どころか俺にも届いていない。炎を出すのはいいが何故......


「小手川!」


 一瞬逡巡した俺の手を後ろから誰かが掴み、引っ張っていく。


「ほ、幻坂?」

「一旦退避するわよ、走って!」

「いやでもあいつが!」

「私の【異能ギフト】があるから心配要らないわ!」


 そうか、【幻術イリュージョン】の応用で透明化すればあいつは一旦俺たちを見失うだろう。退避する事もできる。


「わかった!」


 俺たち2人は逃げていく人々の波の中を逆走し、服飾店の中へ転がり込んだ。


「あいつ、まさか」


「えぇ、間違い無い。【異能者イクシーダー】よ」


 手のひらから突然炎が噴出した、そんな事は通常あり得ない。あり得ないのであればその現象は【異能ギフト】によって引き起こされたもの。つまりあの男は【異能者イクシーダー】と言うことになる。


「外で無闇に使って良いモンなのか?」

「そんなわけないでしょう?それどころか規制対象よ!」

「......そりゃそうか」


 いくら【異能者】が特権階級であるとは言っても法に縛られる人間である事は変わりない。実際飛行出来るような【異能】で飛んでいる【異能者】なんて見た事がないし恐らく一定の状況下を除いて使ってはならない、などと決まっているに違いない。


「あいつが【異能者イクシーダー】って事はどうでも良いのよ、見ればわかるから」

「いやどうでも良くはないと思うが......」

「それよりも気になる事はさっきのアレ、何よ」

「さっきのアレ......ってあの炎を遮ったヤツ?」

「それよ」


 ふむ


「わからん」

「は?」

「いや、自分でも何があったかわかんないんだって」


 そう言うと幻坂は考え込む仕草を見せる。美人がこれをやるとかなり絵になると言うことをまた一つ学んだ。


「うん、さっきのアレはどう考えても貴方の【異能ギフト】によるものと見て間違いないわ。あの男の口ぶりからして異能を使うのは初めてじゃない。自分の異能の射程距離くらいわかっている筈」

「......つまり?」

「あの距離はあいつにとって射程圏内だったってコト。あの距離なら私に当たると確信して打ってるはず。それが途中で遮られた......あの時の様子を形容するとすれば、そうね。......そんな感じだったわ」

「空間に突然......壁?」


 あの時のことを思い返す。確かに直線状に進んでいた炎がある地点から直線に進むのではなく、べちゃっと広がっていた。壁に向けて火炎放射器を撃ったとすればちょうどあんな感じではなかろうか。


「えぇ。私はあんな事は出来ない。あいつの反応を見るに想定外のことが起きた、と言う感じだったわ。つまりあいつが意識的にやったことじゃない。と言う事はアレを引き起こせたのは貴方しかいない訳」

「そ、そうなるのか」


 しかし俺にしか出来ないと言われてもな......


「......良ければ貴方の【異能ギフト】、教えてもらえないかしら。何があったかわかるかもしれないし作戦も立てられる」


「わかった。俺の【異能ギフト】は【固定ロック】、そのまんま自分の手のひらと触れたものを固定する能力だ」


 そう言うと幻坂は呆気にとられたかの様な顔をする。


「どうした?」

「いえ、すんなり教えてしまうのかと」

「教えちゃダメだったのか?」

「基本的には自分の能力をバラしたく無いって人が多いわね。だから人に【異能】を聞くのは一種のタブーにもなってる訳。今回に関しては緊急事態、連携を取らなきゃ行けないから一応聞いてみたってだけよ」

「そうだったのか」


 まあしかしバレてもどうとでもなるだろう、知らないが。そもそもバレたところでどうにかなる大層な異能でもない。


「......わかったわ」

「何が?」


 この世の真理?ンなわけないか


「勿論、貴方のやったコトよ」

「え"っ、マジで?」


 やった本人すらわかってない事がわかっちゃうの?エスパー?


「ついでに思いついたわ。あの男を制圧する作戦も、ね」

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