第6話 エンカウント
「はぁ......」
酷く憂鬱な気分で青空の下を歩く。せっかくのいい天気だと言うのにこの気分では晴れ渡る空が曇天にすら見える。
憂鬱の理由は一昨日の模擬演習だ。試合中、カウンターをしようとした俺は
そして俺は甘く見ていた。どんな理由であれ、幻坂 夢乃に勝利する......その意味を。
【
そんな彼女が何者かに負けた......その情報は絶好のトピックだったらしい。厄介な事に校内新聞を発行している新聞部の生徒がウチのクラスに居たらしく、『ラッキースケベの結果羞恥で幻坂が逃亡した』と言う過程を省き、『編入生が』『幻坂 夢乃を場外にした』と言う部分のみを切り抜き、号外として刷って頒布してしまったのだ。
その結果俺は......学園中から好奇の視線を向けられる羽目になってしまった。
元々校内を歩いていてもさほど視線は感じなかった。悪意を持った視線を注がれていたのは自分のクラスの生徒からのみ......大体同学年はまだしも、他学年の生徒は他学年に編入生が来たとしてもそれ自体に興味がないだろう。しかしその号外の記事が頒布された事で事態は一転。詳しい事を知らない他学年の生徒や他クラスの生徒から俺は『凄まじい
すると必然的に俺への探りが入る。その結果、俺が元【
昨日一日は本当に酷かった。学年問わず絡まれるし決闘を申し込まれるし嫌がらせはエスカレートするしで正直心が折れかけた。今日が休みじゃなかったらうっかり死んでたかもしれない。
そんなこんなで鬱屈とした気分を晴らすべく、気分転換に学園の最寄駅から電車で片道1時間程の場所にある大型ショッピングモールに足を運んでいる......と言うわけだ。
何故こんな遠くにまで足を運んだのかといえば、単純に才学の生徒に逢いたくないからだ。俺の面は才学生ほぼ全員に割れているし、仮にそれが幻坂のファンクラブ(あるらしい)の会員だったとすれば殺されかねない。
才学の敷地内にもショッピングモールはある。それも巨大なものが。しかしそこは単価が高い上に何と言っても客層の90%が才学生だ。正に虎の住む穴......別に虎の子供が欲しいわけじゃないから入る必要は無い。
そこで俺は逆に校外で多少遠い場所のモールならば才学生がいる可能性はほぼ0%だと考えた。才学生がいないのならば安心して買い物を楽しめると言うわけだ。
モールの前に到着し、持っていた空のボトルを捨てようとした時......後ろで何かが落ちる音がした。バッグでも落としたのだろうか、ガラガラと色々なものが地面を跳ねる音がする。
後ろを振り返えると、案の定トートバッグが落ちており、中身の化粧品やら飲み物やらが散乱していた。
「手伝いますよ」
屈んで拾い集める。しかし視界の端に映る落とし主と思われる足は一向に動く気配がない。
「これ、どうぞ......ってッ!?」
こちらを上から見下ろす落とし主の顔が目に入る。秋の麦畑を思わせる金髪に眼鏡から覗く
「ほ、
今逢いたくない人物No.1がそこに立っていたーーーーー
気まずい。
出逢ってしまった俺たちはお互いしばらくフリーズしていたが、幻坂に
「......付いてきて」
と有無を言わせぬ顔と口調で言われた俺は頷くことしか出来ず、モール内の喫茶店に同行していた。
正面の席に座る幻坂は明らかに不機嫌そうだ。しかし会話がないのは辛いので話を切り出してみる。
「な、なんでこんな所に?」
「......誰のせいだと思ってるのよ」
「......と言うと?」
「貴方があんなーーー
「お待たせしました~、カフェオレと......エスプレッソですね、お持ちしました。伝票置いておきますね~」
店員が見事なタイミングで話の腰を折りに来た。軽く会釈をして砂糖をエスプレッソにぶち込む。豆知識だが、エスプレッソをブラックで飲む日本人はわりかし多いそうだが、元々本場では砂糖を入れて飲むのが普通なのだ。
「......貴方があんな事するから変な事になっちゃったんじゃないの」
「その節は誠に申し訳ございませんでした」
間髪入れずにテーブルの両端を持ち、額をグリグリと天面に押し付ける。
「ちょ、ちょっとやめなさいよみっともない......まぁ貴方なりに色々考えて反撃しようとした結果なんでしょうから別にそこに関しては怒ってない......訳じゃないけどそれはまあいいわ」
「いいのか!?」
「やっぱり良くない。謝って」
「申し訳ございませんでした」
再度ゴンッと額をテーブルに押し付ける。
「フフッ、案外愉快な人なのね、貴方」
「そう言ってもらえて何より......っていうかこっちの台詞でもある」
「どういう意味?」
「いや、学園2位だの【
あんな事をしただけでなく事故的とは言え負けた相手にここまで接してくれると言うことは少なくともそんな奴じゃないだろう。
「そう言うことね......こっちが素。学校だと肩書なりの立ち振る舞いが求められちゃうから、どうしてもね」
そう言って一瞬ニコッと微笑む。その笑顔が眩しすぎて少し目を逸らしてしまう。
「そう言えば言いそびれてた。なんでここに?」
話を変える、と言うか純粋に疑問だ。
「貴方と同じじゃないかしら?」
「俺......?」
俺は生徒が利用する学校内モールで見つかると面倒な事になりそうだから逃げてきたんだが......ってまさか
「幻坂も人目を避けて?」
「当たり前じゃない。来る人来る人みんなに言われるわ。『俺に勝ったのに平民上がりの編入生なんかに負けるのか』だの『奴を紹介してくれ』だの『弱くなった?』だの......みんなうるさいのよ」
「そんな事になっていたのか」
俺側にだけヘイトが向いてるのかと思っていたが、幻坂も色々言われているのは考えてみれば当然だった。
「えぇ、新聞がばら撒かれたせいで散々よ」
「新聞なぁ......情報の切り抜きがすぎるんじゃないのかアレ」
「いい加減腹が立って直接新聞部の部長の所へ行ったんだけれどね。『情報提供者からもらった情報をそのまま書いただけだ』って言われちゃったわ」
「伝言ゲームみたいだな」
「そもそも情報の精査もせずに記事にするのは新聞部としてどうなのとは思うけれど。まあ速報なんてそんなものかしらね」
「そうかもな......」
その後もコーヒーを飲みながら30分ほど談笑していた。素の幻坂は......なんと言うか、ドキッと感が半端じゃない。長いこと一緒にいると心臓が持たないレベルだ。
「そろそろ私行くわね」
「お、じゃあ俺もそろそろ本でも買いに行くよ。その......楽しかった、ありがとう。此処は俺が出しとくよ」
すると幻坂はキョトンとした顔になる。
「私も楽しかったわ。でも金銭面はしっかりとしておきたいのだけど......」
「礼と......例の詫びだ。奢らせてくれ」
流石にあれだけのことをしでかしてただ謝るだけで済ませたくは無い。
「貴方......いや、小手川君ってやっぱり面白い人ね。それじゃあお言葉に甘えさせて貰うわ。ありがとう」
幻坂はそう言って微笑んだ。俺の心臓は死んだ
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