第5話 ラッキーパンチとラッキースケベ

「【幻術イリュージョン】......なる程、な......」


 視界が涙で滲んでまともに見えもしないが、荒い息を吐きながらなんとか立ち上がる。


「まだやるの?もう勝負はついてると思うのだけれど」


「やられっぱなしってのは......ちょっと、しゃくなんでね......」


幻術イリュージョン】、一口で言えば相手の視界を騙す【異能ギフト】と言ったところだろうか。

 幻坂はその能力を使ってあたかも自分の姿が消えたかの様に見せ、感づいてカウンターを狙ってきた時には実態を持たない自分の幻影を見せることで俺を欺いた。


 しかし......裏を返せば当初の予想通り、幻坂の攻撃手段は自分の五体を使った肉弾戦。どんなに見えなくとも、どんなに騙されようとも、攻撃の瞬間には必ず自分の周囲の何処かに幻坂の本体はいる。


(それがわかっただけ収穫、なら一矢報いるには異能の力が必要だ)


 何に使うかわからなかった俺の、俺だけの【異能ギフト】。それを使ってこの状況で幻坂に一撃入れる方法を思い付いた。


「そう、降参出来るくらいに手加減してあげていたけれど......【強制K終了O】してあげる」


「来いよ、【幻想姫パフォーマー】」


「......ッ!」


 焚き付けるように精一杯のカッコつけた声色で彼女の【二つダブル】を呼ぶ。そして幻坂の姿が視界から消えた......次の瞬間


「何!?」


 消えた場所から複数人の幻坂が現れ、正面、左右、上と様々な方向から俺に接近して来たのだ。


「忍者かこの野郎!」


 落ち着け、今大事なのはどれが本物かじゃあない。何故ならこれが全て幻影であり、本体が後ろから奇襲を仕掛けて来ている可能性もあるからだ。今考えるべきはいつ、だ。

 今までの幻坂の攻撃、行動、そして言動を思い出せ。そこから彼女が次に攻撃して来る場所を予測するんだ。それしか勝ち目は無い。


 視界に映る4人の幻坂が同時に間合いに入ったのを感じた......来る!


「はぁぁぁぁぁ!」


 同時に間合いに入って来た4人が同時に蹴り、突き、拳を繰り出して来る。そしてそのうちの一つか、はたまた隠れていた本体による一撃が俺に直撃し、決着する......そんな幻視を見た者もいるだろう。


 直後ズシッと肉と肉がぶつかる衝撃が肌を伝う。


 ......


「ッ!!!」


 明確に声は聞こえないが、確かに動揺した息遣いが聞こえた。そりゃあそうだろう。KOするつもりで放った一撃が防がれたのだから。


 今まで幻坂は俺の胴体を狙って攻撃を仕掛けていた。それは俺に敵わないと思わせて降参させる為だ。『降参出来るくらいに手加減してあげていたけれど......』、そう言っていた。

 胴体への攻撃と言うものはもちろん内臓系にダメージが入る危険な攻撃だ。しかしボクシングなどの格闘技でボディへの一撃でKO、と言うことはそこまで多くない。意識は保ったままやダウンと言うケースが大半だ。

 幻坂はそれを知っていて執拗に胴体への攻撃にこだわった。しかし俺が降参しないと見るや『KOする』と宣言した。


 人の意識を奪う方法という物は沢山あるが、その中でも最も確実なのが脳へのダメージだ。同じくボクシングでは有名なウィークポイントとして顎がある。顎にまともに攻撃を受けると脳が揺れる事で平衡感覚を失って立っていることが出来なくなるのだ。酷ければ意識を失ったり死ぬ事だってある。

 つまり俺は幻坂が顎を狙って攻撃して来るとヤマを張り、左の手のひらで顎への攻撃をガードし、拳を掴んだのだ。


「だからどうしたってのよ!」


 そうして姿を消したままの幻坂が拳を離そうとする。しかし離れない。何度やっても離れない。


「ど、どうしてッ!」

「さぁ、なんでだろうな!」


 それもその筈だ、離れるはずが無い。


 俺の【異能ギフト】の名前は【固定ロック】、読んで字の如く物体を固定する異能だ。

 しかしこの能力は『自分の手のひら』と『手のひらに触れた物』しか固定出来ない。その為使い所がない能力......そう思っていた。

 しかし俺の手のひらは今確かに幻坂の拳に触れている。そう、俺は幻坂が攻撃してくる箇所を決め打ちし、受け止めた幻坂の拳と自分の手のひらを固定したのだ。


「は、離して!」

「それは無理な相談だな!」


 幻坂が動揺している隙に足があるであろう場所に目星をつけて思いっきり足払いを掛ける。上手いこと軸足を刈れたらしく、俺の左手が地面へ引っ張られ、体も転倒を開始する。

 このまま一撃を入れようと思ったが......よく考えれば幻坂は女だ。しかも美人。殴って傷でも出来たら大変だな......


 俺は首を押さえて幻坂を制圧しようと大体首じゃないかと思われる空間に向けて右手を伸ばす。


 ぷにっ


 よし、予想通り掴んだ。このまま地面に押し倒せば一矢報いた事にはなるだろう......そう思っていた。

 2人して地面に倒れ込む。俺は固定したままの手のひらと拳を強く地面に、そして押さえつけた首を......あれ?


 ふにふに


「いやぁっ!」


 首を......


 ふにふに


「あぁん......っ、ダメ......ッ」


 ......首を?


 幻坂の【幻術イリュージョン】が解け、押し倒した幻坂の姿があらわになる。


 左手はしっかりと幻坂の右拳を掴んで地面に押し付けていた。予想通り、グッドだ。満点と言ってもいい。

 しかし肝心の右手は......幻坂の首ではなくその少し下、高校生にしては大きく......たわわに実った......メロンを、鷲掴みにしていた。


「..................」

「..................」


 幻坂の顔を見ると......顔から火が出るんじゃないかと言うレベルで真っ赤になっていた。

 そのまま見ているとその純度の高い蒼玉サファイアの様な瞳にみるみると涙が溜まっていき......


「えっと......その、ごめんなさい?」

「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 左手と右拳の固定がいつの間にやら解けており、幻坂が俺の体を両手でドンと突き飛ばした。

 俺が尻餅をついていると......そのまま幻坂は泣きながら入場して来たゲートの奥へ走って行ってしまった。




「......えっと、これって......」

『......コホン、幻坂、場外。よって勝者、小手川!」


 会場が静まり返る。


 ......そんなの当然だわ。一矢報いて少しでも教室内の空気を変えようと思ったら余計に殺されそうな状況になったわ。


「あ、あざした......」


 一応幻坂が駆けて行ったゲートの方へ一礼し、自分が入って来たゲートへ戻った。











 なんか、勝ったっぽい

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