第4話 幻想姫

 ブレザーを脱ぎ、支給されたマントを羽織る。このマントは異能によって装着者の防御力向上や身体能力上昇など様々な効果が付与されており、戦闘行動を行いやすくする為のものらしい......確かに体が少し軽くなった気がする。

 巡り巡って17番目、幻坂との戦いが始まろうとしていた。


 控室のモニターでは現在行われている16試合目の模様を見ることが出来る。見た感じ飛行して格闘で攻撃を仕掛ける生徒とバリアの様なものでそれを迎撃する生徒の2人が戦っている様だ。

 特筆すべきはトップアスリートもかくやと言う程の双方の身体能力だろうか。


異能者イクシーダー】は当然ながら【異能ギフト】を持っている。その【異能】は精神力マインドと呼ばれる高次元の精神エネルギーを消費して発動される。


 そして異能を用いて特定の行動を行う場合......平たく言えば『技』を使うことがある。その異能を用いた技を【異能技イマジン】と呼ぶらしい。さらにその【異能技】にはもう1つ種類があり、それが【汎用異能技ノーマル イマジン】である。


【汎用異能技】は文字通り汎用......異能者ならば誰でも扱うことの出来る技であり、その中に超基本かつ必須と呼ばれている技......【身体強化フォース】が存在する。


【身体強化】は読んで字の如く、精神力を用いて『自己の強化』と言う意思を実現する事で身体能力を向上させる技だ。この技を使用する事で、どれだけ素が貧弱だろうがアスリート並みの身体能力を得ることが出来る。当然ながら身体能力の基礎値が高い者がこれを使えば更に飛躍的に身体能力が向上する......【異能者イクシーダー】と【無能者ノーマル】の間に存在する絶対的な力関係の一端を担う技である。


 激戦の末、曲芸じみた動きで背後に回った飛行系の異能を持つ方が勝利して16試合は幕を閉じた。


『17戦目の生徒はゲートへ』


 インカムから指示が来た。仕方ない、覚悟を決めよう。重い腰を上げてゲートヘ向かう。その道中前の生徒の片方......負けた方とすれ違う。気にせずにすれ違うが、唐突に声をかけられた。


「お前も災難だな。平民上がりとは言え同情するぜ」

「何がだ?」


 いちいちカチンと来る言い方しか出来ない奴らだな......


「対戦相手、幻坂ほろさかだろ?あんな化け物とるってのは流石にな。まぁ健闘を祈るぜ」

「そうしておいてくれ」


 皮肉混じりに健闘まで祈られてしまった。これはどうやら俺が思っている以上に幻坂 夢乃と言う女はとんでもない奴なのかもしれない。







『両選手、入場して下さい』


 指示通り無駄に大きいゲートを潜って対戦場に入る。反対のゲートからは幻坂が入場して来ているんだが......なんと言うか、『格』の違いを感じる。

 強者独特のオーラ、とでも言えばいいのか。俺よりも身長は低いはずなのに何故だか大きく見えると言うか圧倒されていると言えばいいのかはわからないが、兎に角ヤバい。


「貴方、戦闘の経験は?」

「小学生の時の喧嘩が最後だな」

「そう、まあいいわ。やるからには全力で行かせて貰うわね」

「......お手柔らかに」


 正直初の実戦だ。幻坂の能力の一切を知らない為、彼女が一体どんな風に攻めてくるのかがわからない。火か、水か、風か......痛いのだけは勘弁して欲しい。


『双方、準備は良いですか?』


「「はい」」


 はいじゃないが。


 ジリジリと肌がヒリつく様な感覚を覚える。幻坂はなにか独特の構えを取った。つまり幻坂の【異能ギフト】は近接戦を補助する様な何かなのか?


 とりあえず俺も左開手、右拳で構える。


『第17試合、幻坂vs小手川を開始します。勝負、始め!』


 戦闘開始の宣言と共に銅鑼の音が鳴り響く......ってアレ、幻坂のやつ何処へーーー


 直後、腹部に衝撃がやって来た。


「ガハッ!」


 よろめいたところにすかさずもう一撃、二撃と鋭い痛みが身体中に走るが、それを行なっていると思しき幻坂の姿は何処にもない。


「はあぁぁぁぁぁぁ!」


 そして再度腹部に貫く様な痛み......これは流石にわかる、蹴りだ。悲鳴すら出ず、俺は後方にゴロゴロと転がされた。


「そう......か、【身体強化フォース】ッ」


 俺は【身体強化】の掛け方すら知らないからやっていないが、幻坂は当然使っている筈。素で俺より身体能力の高い幻坂の強化された蹴りをノーガードで喰らえばこうなるのは自明の理という奴だろう。


 何とか立ち上がる。正直限界だしやめてしまいたいが......観客席から注がれる視線と嘲笑に......なんか、ムカついた。


(考えろ、考えるんだ......)


 幻坂の姿が見えないのに打撃は来る、そしてさっき感じた感触は間違いなく人間の足だった。つまりここから導き出される幻坂の異能は......


(透明化、あるいはそれに準ずる何か......それしかない)


 透明化が能力なのか何かの能力の副産物として透明化出来ているのかは不明だが姿が見えない以上そう考えるしかない。

 そしてもう一つ推測出来る事......それは直接的な攻撃手段となる異能では無いという事だ。何をして視界に映らなくなっているのかは先に言った通り不明だが、蹴りによる攻撃をしてきたと言うことは即ち、攻撃手段はあくまで【身体強化】を乗せた肉弾戦と言うことになる。


(それなら一矢報いるチャンスはある)


 幻坂が攻撃してきたタイミングに合わせてカウンター、それが唯一出来る対抗策だ。


(さぁ、来い)


 次の一撃に備える。打撃が来た瞬間その方向に向けてこちらも反撃すれば一撃入れる事ができる筈だ。


 そして......風切り音がした。


(此処だ!)


 左方向に向けて勢いよく拳を握り締めた左腕を開くように振り抜く。その拳は空を切るが......何もない場所から幻坂の姿が浮かび上がった。その顔は驚きに満ちており、次の一撃を繰り出す筈だったのであろう拳がひけている。


「貰ったッ!」


 左手を開いて体を捻った勢いのまま右の蹴りを放つ。そしてその蹴りが見事に幻坂の脇腹を捉えーーーーーなかった。


「何!?」


 幻坂の胴体を蹴りが。次の瞬間


「ガッ!」


 再度腹に何かがめり込む感覚。そのまま勢いよく吹き飛ばされた。

 数回転がってやっと止まる。


「オェェ......ッ、ゴホッ、ゴホッ」


 口から血液混じりの吐瀉物が噴出する。赤く彩られた惣菜パンの残骸が食道を逆流し、止めどなく溢れ出す。


「私の能力を見た者は殆どの人が貴方と同じ事を考えるわ。『カウンター狙いの待ち』の姿勢......でもそれがわかっているのなら対策するのはそう難しいことじゃない」


 地面に伏した俺の前方に幻坂が姿を表す。その蒼い瞳は強い意志を孕み、いっそ慈悲深さすら感じさせる。


「どうせ後で知る事になるだろうから教えてあげるわ。私の【異能ギフト】は【幻術イリュージョン】......人のまなこに映る情報を書き換え、全てを欺く異能よ」

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