第2話 平民上がりへの洗礼

「編入生を紹介する。小手川、入れ」

「......失礼します」


 やけに大きいく重厚な木製の扉(しかも押し戸)を開け、これまたやけに広い教室に足を踏み入れる。何コレ、大学の大講義室かな?

 事前に言われていた通りに先生......立松先生の立つ教壇に並んで立つ。良くあるシチュだが1つ違うところがあるとすれば席に座っている同じクラスの生徒全員がやけに遠く、そして見上げる様な位置にいる事だ。


「自己紹介を」

「えっと、小手川 伊織です。今日からこの2-Aに在籍する事になりました。これからどうぞよろしくお願いします」


 当たり障りなく自己紹介を済ませる。


「小手川は【無能者ノーマル】上がりで【異能ギフト】を持っているのが分かったのはつい先日だそうだ。【異能者イクシーダー】の先輩として仲良くしてやれ。小手川、開いている席に適当に座ってくれ」

「......はい」


 新参者は新参者らしく奥の隅の席にでも行こうと思ったが、見た感じ奥の方に何と言うか、オーラのある連中が座っている。なので逆に人がほとんど座っていない前から2列目の隅に腰を下ろした。


「では授業を始める。教科書32ページを......」


 そこから授業が始まる......が、ぶっちゃけ訳がわからん。

 一限の授業は『専門異能構造』らしい。見たことも聞いたこともない科目だ。教科書を読んでも意味不明だ。

 教科書最終ページを開くとそこには『一般異能構造』『異能構造入門』の教科書も同じ出版社から出ているとの旨が書いてあった。

 俺は入学ではなく編入と言う扱いでこの学園に入った為、学年はさっきも言った通り2年。おそらく『一般異能構造』と『異能構造入門』は1年次にやった内容なのだろう。まだ4月の終わりとは言え到底ついていけるものではない。こんなの数1を知らずに数2を受けている様なものだ。いや、それ以前の問題かもしれない。


 そして授業内容が理解できない以外にもう1つ懸念事項があった。......視線を感じる。それも悪性のものだ。1人ではなくかなりの人数が悪意を持って俺を見ているのがひしひしと伝わって来る。

 ただでさえ人の視線と言うものは俺の様な人種にとって決して心地の良いものではない。それが悪意のあるものだとなれば尚更である。


 そんな視線に耐えているとこれまた50分ではなく90分の授業の終わりをチャイムが告げる。起立と礼によって授業が終わるのは変わらないんだな、等と思考を巡らせてまとわりつく視線から意識を逸らそうとしたが......無理だ。そんな事では拭えない。

 幸いな事に次の時間は『異能史』の授業で、一般校に通っていた俺も習っていた科目だった......まあ内容は違うところも多かったが。


「200年前、特異な電磁波により人の大脳が刺激され、人口の何割かが特殊な力に目覚めた。それが【異能ギフト】だ。当初【異能】に目覚めた者は【無能者ノーマル】の科学者らによって拘束され、非道な人体実験を施されていた。しかしそれに対して反旗を翻し、【異能者イクシーダー】による社会を作ろうと【異能者】達が立ち上がったのが現在の異能者が世界を統べる完璧な社会のルーツとなった......」


 まあ要するに【異能者】に人体実験をしていたら【異能者】が革命を起こして情勢が変化、【異能者】側と【無能者】側に分かれて大規模な戦争が150年前に勃発。その被害は凄まじいものになり、70億人いた人類は50億人にまで減少、その結果【異能者】側が勝利した......と言う歴史だ。

 正直【無能者】上がりの俺からすると複雑な気持ちになる授業だったが......まあ理解できないよりはマシだった。


 2限が終わり、一旦昼休憩の様だ。生徒達は立ち上がって何処かへ移動して行く。

 俺も一応朝にコンビニで菓子パンを購入している。


 これまた面倒であり、学生寮は学校の広大な敷地内にあるのだが、敷地内にコンビニは無い。商業施設は複数あるが朝から空いている店というものは存在していなかったのだ。だから朝は走って校外のコンビニに買いに行ったと言う訳だ。


 元の高校では仲良く飯を食う友達くらいいたのだが......今現在この状況では飯を食う友など居ない。と言うか俺に悪意まで向けてきている......何処か人気の無いところを探して食おう。幸いな事に敷地は広いし外なら人がいないところくらい......などと思っていると


「おい、獄卒」

「は、はい?」


 3人の男子生徒が俺の横に立っていた。こいつらは確か......後ろの方の席にいたオーラのある連中の1つか。


「おぉ、反応した。獄卒の割に言葉を解するらしいな」

「平民上がりの猿の分際で俺達【異能者】と同じ教育を受けるなんざもったいねえよ」

「違いねえ」


 ギャハハと汚い笑い声が教室に響く。それを見た他の生徒にも笑っている者が数人......何だこれは


 ......あぁ、そうか。こいつらからしたら俺は【異能者】ではなく【異能を持った無能者】的な扱いなのか。いや異能持ってるのに無能者って何だよ。

 まあとにかく俺の存在が面白くないらしい。面倒くさい事になる前に逃げよう。三十六計逃げるに如かずとも言う。無駄に反応してこいつらを煽る事もないだろう。


 無視して飯を食いに行こうと席を立つ......すると


「何持ってんだお前」

「あ、おい」


 手に持っていたコンビニ袋を3人組の1人に引ったくられる。


「何々......?あぁ......」


 奴は袋の中身を見るとニヤリと笑い、そしてあろうことかその袋を正面のゴミ箱にぶん投げた。


「............は?」

「どうしたよ編入生、ありがとうくらい言えねえのか?」

「何で礼なんざ言わなきゃならねえんだ?」

「あぁ?平民上がり如きが舐めた口効いてんじゃねえぞ」


 そう言って胸ぐらを掴んでくる。やべえ、ぶっちゃけ超怖い。


「【異能者】様がわざわざゴミを捨ててやったんだ、感謝するのが道理ってもんだろうがよ!」


 そしてその男の拳が俺に振るわれる。手慣れているのか見事に俺の左頬にめり込み......俺は地面に倒れた。


「いってえ......ッ!?」


 そして奴は俺の髪を掴んで持ち上げる。


「平民上がりが調子に乗るんじゃねえぞ?」

「............」

「何だその目は?返事はどうしたよ、あぁ?」

「............」

「クソが!」


 男は俺の髪を離し、そして足を上げた。俺の頭でも踏むつもりなんだろうか......ハハッ、それは痛そうだ。

 来たるべき痛みに耐えよう......そう思っていた。


 男は持ち上げた足を思いっきり振り下ろした......に。


 何だ、日和ったか?それとも脅し?


「......あ?」

「おいどうしたよケンジ、平民風情踏んじまえよ」

「いや確かに今踏み付けたはず......チッ!」


 そして何度も足で踏みつけようとするが、全て俺の横に逸れて行く。


「んだよケンジ、つまんねぇ。やっちまえって」

「ちげえよ!おいテメェ避けてんじゃねえぞ!」


 そうして再度足を振り下ろすが......またしても俺の横の床を踏みつけた。


「......その辺にしておいたら?」


 凛とした、声だった。


「あぁ?......って、幻坂ほろさかか......成る程、お前の仕業だな?【幻想姫パフォーマー】サマが何の用だ」


 ケンジとやらに【幻想姫】と呼ばれた女子生徒。彼女は金の髪を揺らしながらこちらに歩いて来る。


「聞こえなかったかしら、その辺にしておいたら?って言ってるのよ。そこの編入生は平民上がりとは言え学園長が見出した歴とした【異能者イクシーダー】。彼に危害を加えると言う事は彼を見出した学園長をも敵に回す事になると思うのだけれど」

「が、学園長......?」


 ケンジと呼ばれていた男の顔が青ざめる。余程あの女が怖いらしい。

 抜けたいやまあ人を誘拐した挙句勝手に家まで取り壊すような奴だからな......そりゃ怖いか......


「きょ、今日のところはこのくらいにしておいてやるよ、平民上がり。お、お前ら、行くぞ」

「へ、へい」

「学園長は不味い......」


 何事か呟きながら3人衆は教室から出て行った。何だったんだ一体......


「大丈夫?立てるかしら?」

「あ、あぁ。立てる立てる超余裕」


 自分で立ち上がる。思いっきり殴られた左頬がジンジンするが大したことはない。


「ごめんなさいねうちの生徒が。ああいう異能者絶対主義思想を持つ生徒って珍しくないから......」

「大丈夫だ、気にしてない......って言ったら嘘になるがとりあえず助けてくれてありがとう。ええと......」


 ......誰だ?この学校の生徒で名前を知ってるのはさっきのケンジだけだ。


「あっそうか、名前ね。私の名前は幻坂ほろさか 夢乃ゆめの。これからよろしく」


 女子生徒はその光を編んだような金髪を耳に掛けつつそう名乗った。










 これが俺と幻坂の最初の出会いだった。

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