ちょっと変わってる恋人の話

逸真芙蘭

素直じゃないが、そこがいいまである

 自転車で走り慣れた地元の道を、今日は車に乗って移動していた。久しぶりに高校時代からの恋人とデートすることになって、車で迎えに行っている最中だ。

 小学生の頃から高校時分に至るまで、何度も使った道であるのに、いざ道路の主役となった視線で眺めてみると、どこか別な場所の景色を見ているように思えてならない。

 人が見ている風景は、当人の心の鏡でもあるといったのはいったいどこの誰だったか。それに従えば、俺が感じているこの知らない街に来たような、ふわふわとした感覚が、どういう心の機敏によるのかは、わざわざ自分で口に出すほどのことでもないか。

 

 高校から付き合っているカップルで、卒業後も続いているような組はどれほどあるだろう。俺も彼女も面倒くささを具現化したような人間であり、普通に考えればこれほどまで長続きするとは思われないのだろうが、高校の同期のカップルが卒業を機に疎遠になったなんて話を、俺と彼女とで、どうということはない世間話の一つとしてしたのも随分前のことにように感じる。それからも時折、バカみたいな話を電話越しにして、笑って、泣いて、苦笑して、時には喧嘩なんかもしたが、この通り別れることなく交際を続けている。

 彼女の過激な言動とは裏腹に、にじみ出てくるその強い情動に、俺は病みつきになっているのかもしれない。

 いうなれば、俺も彼女もとても常人とは言えないくらいに、から妙に気が合って、こうして縁も続いている、ということになろう。


 さて、そんな彼女とのデートが久しぶりになった理由についてだが、別に長めの喧嘩をしていたとかそういうわけではなく、俺が県外の大学に通うことになったからだ。世間でいうところの遠距離恋愛というやつだ。彼女は地元の大学に進学したのだが、俺は諸々の事情で他県に進学することになった。……諸々じゃないな、単一の問題、つまりは学力の問題でしたわ。がはははは。


 それはそれとして。

 その遠距離恋愛なるものも、はじめてからすでに一年半が経過しており、さしたる問題も生じていない。

 夏休みになって大学も休みになったので、俺も地元に帰ってきていた。


 彼女を迎えに家の近くまで行ったのだが

「あなたって贅沢よね。大学生なのに車なんて持ってて」

 俺の車に乗り込んだ彼女は席に座るなりそう言った。


「いんにゃ、そうでもないぜ。俺の周りのやつなんか、外車乗ってるやつがゴロゴロしてるぜ。ワーゲンとか、BMWとかアウディとか。……なんかムカつくな」

 対して俺は親父のお古のアルトに乗っている。たしかに車があるというだけで相当恵まれていることは理解しているが、学友がピカピカした外車に乗っているのを見ると、卑屈な気分になってくる。地方大学とは言っても、進学した医学部という学部の性質上、金持ちの家の子が多いのだろう。実際俺のように公立出身の人間は少なく、私立の中高一貫校出身の人間が多い。


 俺が雑草魂をむらむらと燃やしている横で

「そんなの気にする必要ないじゃない。どうせパパとかママに買ってもらったのよ。それで威張ってたら滑稽でしょう」

 と彼女は言った。……いい家の子と言ったら、彼女も同様であるわけだが。


「うんまあ。……でも何が悲しくて、カブトムシやら、ミニやらあんな丸っこい車に乗らにゃいかんのだ。男は黙ってカワサキだろうが」

 

「それバイクじゃない。というか、あなたが乗ってるの、カブでしょう。あの女の子が乗ってそうなやつ」

 バイクの種類を教えた覚えはないが、大方SNSの写真でも見ていたんだろう。


「おい、俺を馬鹿にするのはいいけど、カブを馬鹿にするのはやめろ。本田宗一郎の最高傑作だぞ」

 カブがあるから今の世界があるといっても過言ではない。


「あらそう。……でもやっぱり贅沢よ。大学生なのに二台もちなんて」

「バイクは別」


 そこで彼女にどこに行くか聞いたら「中央道に出てくれる?」と言われた。

 中央道といっても日本を縦断している高速道路のことではなく、俺たちの街を南北に貫いている目抜き通りのことで、ロードサイド店が多く立地している。

 

 言われたように、俺がそちらに進路をとったところで

「でもせっかく中免取ったのになんで原付きに乗ってるの?」

 と彼女は先ほどの話の続きをした。


「俺のバイト代じゃ、カブの中古を買うんで精一杯なんだよ。……中型は保険代高いし」


 彼女はあきれたような顔を見せた。

「よくそんなんで男はカワサキとか言えたわね」


「……」

 

「いい年した大人がバイクなんて乗ってたら笑われるわよ。今どきの人は車すら持たない人だっているんだから。大体、お医者さんなんてバイクに乗ってる時間なんてないんじゃないの?」


「あ」


 趣味を楽しむ時間がない……だと。


「……あなたって勉強できるけど馬鹿よね」


「……麻酔科とか、病理診断科とかに行こうかな。土日休みちゃんとありそう」


「バイクのために勤める診療科を決めるってどうなの?」


「医者だって人間だ。趣味ぐらいもたせろ」

 そうだそうだ。


「あなたまだ、ただの学生じゃない。卒業して医師免許とってから言ってご覧なさい」


「……」


 やり込められて黙っていたら、彼女は続けた。

「買うなら車よ。将来なんか乗りたい車とかないの?」


 気を取り直して俺も答える。

「煽られない車がいいな。あいつら絶対俺がアルト乗ってるから煽ってくるんだ。アルファードとかベルファイア乗ってるやつ。『あ、アルトだ。煽ったろ』みたいな感じで」


「車種とか関係ないでしょう」

 と眉を顰めた。


「いやあるね。『俺の車の八分の一の値段だ(笑)』みたいな感じで」


「考えすぎよ」


 それから会話が途切れ、少し間が空いたのだが、彼女がおもむろに咳払いを始めた。


「どした?」

 尋ねれば、少し言いにくそうに

「その……今日の格好どうかしら?」

 と聞いてきた。

 言われた俺は、さっと一瞬彼女の服装を見た。


 すぐに前を向いてから

「ほーん。いいんじゃね」

 と言ったのだが、少し刺々しい声が返ってくる。

「ちょっと、ちゃんと見て言いなさいよ」

「いやだって運転中だし」

「つまりあなたは私の格好を見たら興奮のあまり事故を起こしてしまうということね」

「そんなこと言ってませんが!?」

「つまり私という可愛い女の子との出会いはすでに事故みたいなものということ?」

「ごめん、ちょっと何言ってんのかわかんない」


 そんなやり取りをしていたら、すぐに赤信号に引っかかった。

 そこで先程よりはじっくりと彼女の服装を観察できた。

 白のブラウスに、鮮やかな青色のスカートをはいている。涼しげでいかにも夏らしい格好だ。


 俺は答えて

「……まあいいんじゃない? ……尾張小町って感じだな」

「……それ馬鹿にされているようにしか聞こえないのだけれど」

 地元一番の別嬪さんだと褒めたのに、彼女は不満たらたららしい。自分でも、言ってみてから「なんだろう、このナンバープレートみたいな称号は」とは思ったが。


「……まあ、あれだ。……可愛いよ」

 今度はもう少し素直に答えた。


 そしてら彼女は顔を窓の方に背け、ボソリと

「……もうすぐ青よ」

 と言った。

 

 お前の顔は赤になったけどな、なんてセリフが口から出かかったが、彼女がそれを認めるはずはなく、照れ隠しに酷いことを俺に言うに違いなかったから言わなかった。まあ、それはそれで可愛いんだけどね。可愛すぎて事故っちゃうから、今は我慢しよう。……やっぱりすでに事故ってるのかもしれない。

 

「ところで今日はどこに行くんだ?」

 前の車に従ってそろりと進みだしてから、彼女に尋ねる。

 高校の頃に地元で遊べるようなところには大抵行っている。高校時代とは違って車があるから多少は遠出ができるが。


「バイク屋よ」

 すげなく彼女は答えた。


「なんで?」

 訳がわからず聞き返してみれば

「二輪の免許取ったから、バイク買おうかと思って」

 ……。

「は?」


 そしたら彼女はぷいっとして

「……だって、あなた休日があっても、私と遊ばずに一人でツーリング行っちゃうんだから。それがムカついただけよ」

 俺はなんと言えば分からずとっさに

「……危ないぞ、バイク」

 という言葉が出てきた。俺がそそのかしてバイクに乗せたとかなんとか、彼女の親に思われはしないだろうか。


「だから監視する必要があるんでしょ」

 そう言いまたほんのり頬を染める様子が、横目でも確認できた。


 ……へそ曲がりというか、天邪鬼というか、やっぱり俺の彼女は変わってる。

 

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