使命と出逢い
どれくらい気を失っていたのだろうか。
目を醒ました私の視界に飛び込んできたのは、薄茶色をした天井だった。
薄暗い部屋である。灯りは天井には付いておらず、枕元に小さな物がひとつ、ぽつりと添えられてあるだけ。
私の枕の傍らで申し訳なさそうに身を縮めて、球を囲んだ和紙越しに、薄橙の光をぼんやりと漏らしていた。私はと言うと、怪物の血飛沫を浴びた着物と羽織では無く、違った着物を着せられていた。見覚えは無いが、落ち着いた濃緑の生地に金色刺繍が美しい。
「……此処は……」
今は何時なのだろうか。夕方なのか、夜なのか、と考えて、私は此処が自分の家では無いことを思い出す。思い出したくないものに限って、記憶の蘇るのが早いとはどうしてだろう。自分の街に帰れなくなって、鳥居の先の街で大きな化け物と闘った。疑う事も無く思い出され、おまけに何も出来なかったことまで思い出して私は唇を噛み締めた。
先刻の闘いには、私は勝てなかった。勝てなかったというよりも、闘えなかった。
頭が真っ白になってしまったのだ。其の一言でしか言い表せない。
飛翔は確か、あの化け物……邪神と闘うのが私の役目だと言っていた。役目を果たせば帰れるとも。つまり役目を果たせない私は未だ帰れない。溜息をついた。
きっと私が天気を司る神様なら、今の溜息ひとつだけでこれでもかと云う程どんよりとした天気に出来ただろう。
「お目覚めですか、お嬢さん」
薄暗さの心地良い布団の中で落ち込んでいると、飛翔の声がした。布団から少し離れた襖を開き、長身の其の姿を覗かせている。
「……飛翔、あの怪物は」
「おや、憶えておいででしたか。大丈夫ですよ、僕が始末しましたから」
確かに銃声は聞いた。私には無理な事だと未だ何処かで毒づき乍も、申し訳なくなって俯いた。聞くと、飛翔が化け物を片付けた直後に私は意識を失ったらしい。
「ごめんなさい、薙刀を授けてくれたのに闘えなかったし、落してしまったわ」
謝る私に、飛翔は笑う。
「いいえ、相手はあれですからね、まあ普通のお嬢さんには無理もありません」
「私、これじゃあずっと帰れない気がするわ。闘えっこないって、今も思うもの」
ぎゅ、と掛布団を握り締めると、一気に悔しくなった。帰れないという焦燥もそうだけれど、大口叩いた私が何も出来なかった事が、一番。
やっぱり、他の誰かのようにはうまくいかない。邪神退治に、どうして私が選ばれたのだろう。きっと、私よりも戦える人が居るに決まっているのだから、其の人に頼めば良かったのだ。
「あれを退治するのは、どうしても私じゃなくちゃいけない?」
飛翔に尋ねると、彼は何とも言えない表情で頷いた。慈愛の表情にも見えるし、困った表情にも窺える。出来ないと、どうしてと重ねても、これだけは譲らない様だった。
「貴女には、迷い込んだ理由がきちんと存在しますから」
「迷い込んだ?」
「貴女の街に帰れなかったでしょう。灰色になった街に居たのでしょう」
「……ええ、いつも通り帰るつもりだったのに」
「それを、迷い込んだというのです」
「色が無くなったのはどうして?」
「恋をして、辺りの何もかもが色付いて見えるのと同じですよ。貴女には自信が無い」s
「……私は、……私は、迷い込まなきゃいけない人間だった……」
いつの間にか布団の真横にしゃがみ込んでいる飛翔の気配を感じ乍、私は呟いた。
私が、まっすぐ家に帰れずにあの鳥居の街と……思えば、初めの神社もそうだ。
どうしてあそこに行ってしまったのだろう。少なくとも、飛翔は理由を知っていそう。
あまり頭が働かない中私が黙り込んでしまうと、「温かい御茶を淹れましょうね」と言い残して飛翔は部屋から出て行った。
*
飛翔が戻って来るまでの間、到底再び眠る気にもなれなかった私は改めて部屋の中を見回してみた。
先程まで私が眠っていたらしい布団は、入り口から少し離れた窓の傍に敷かれている。少し糊が効きすぎて居るけれど、寝苦しい程では無く寧ろその張り詰めた冷たさが心地良い。
当然乍床は畳で、い草の良い香りがした。この部屋を照らしている灯りは、やはり枕元の小さなものだけである。薄暗い部屋に浮かぶ橙色は、なんだか懐かしさを感じさせてくれるみたいだ。
次いで時間が知りたくて時計を探すけれど、それらしいものは何処にも無かった。
窓を開けてみようと立ち上がると、布団の上からでは見えなかった部屋の様子が更に沢山窺えた。窓際に並んだ焦げ茶色の棚はきちんと漆が塗られていて、棚に取りつけられた出っ張りの部分には、白狐の置き物がずらりと並べられている。和んでいる暇は無いのだけれど、家族の様な彼らの佇まいに私は少しだけ微笑む。
「よいしょ……――きゃっ……!」
綺麗な内装に見合わず案外立て付けの悪い窓。桟に手を掛け外を見ようとした私は思わず身を引いた。
高すぎたのだ。其処でやっと、私は自分の居る場所を理解する。気が遠くなる程の高さ、この窓から誤って転がり落ちれば絶対に助からないであろう高さ。建物の壁が曲がって見える程に、地面から遠く離れていた。
恐らく此処は、あの鳥居の街の、とっても高い建物のうちのひとつ、しかもとんでもなく高い階数の部屋なのだ。
我ながら、もう充分と言わんばかりに窓から離れ、又布団の上へと戻る。
窓を開けた一瞬で舞い込んだ、高さによる猛烈な風に乱れた髪。先程までの悔しさ悲しさと比べて、今の私はあまりにも間抜けである。どうしたものかとポカンとしていると、
「おや、その御姿。窓をお開けになったのですか?」
面白そうな顔をした飛翔がお盆を手に部屋へと戻って来たのだった。
運ばれてきた丸いお盆の上で、二人分の湯呑が湯気を立てている。指先でそっと触ると程よい温度で、普通に手で持っても火傷はしなさそうだった。
飛翔にもすすめられるまま、私は湯呑を包み込む。
「……よく解ったのね、私が窓を開けたって」
「解りますよ、この高さまで来ると吹く風は物凄いですからね。今までもそうでした。
此処に元から住んで居る者は気にもしませんが、初めての者は絶対に窓を開けるのですよ。これまで何人もを此処に上げましたが、誰もが今は昼間なのか夜なのか気になるから、此処はどこなのか気になるからと窓を開けて、その高さに目を眩ませるのです。そして同時に、強い風も浴びて、大抵の者はその高さと強さに驚いてしまう。一目で解りますとも。そうした者は皆さん、今の貴女のように髪と表情がとんでもないことになりますからね。面白いですよ」
くすくす、笑みを零す飛翔の言動で、私ははっと自分の頭に手を遣った。いつの間にか三つ編みは解かれ、窓を開けた際の突風に乱されて跳ね上がっているらしい。
「何故帰って来た時に教えてくれないのよ」
初対面でもそうだったが、どうにも飛翔はつかみどころがないと言うのか扱いにくい。
丁寧な口調と柔らかな物腰でまともな相手かと思いきや、人を揶揄うのに小慣れて居る所がある。私の恨みがましい言葉に応えず微笑んでいる飛翔を暫く見ていたが、少し気になったことがあったため私は尋ねた。
「ねえそういえば、私の着物も髪も、すっかり綺麗に変わっているのだけれど、これは一体誰が直してくれたのよ?着ていた物なんか、飛翔が怪物と闘った時に滅茶苦茶になってしまった筈よ」
着心地の良い濃緑の着物の袖を持ち上げつつ問うてみる。さらりと指先に優しい生地は、薄明りの中で金色の糸を光らせている。
「嗚呼、貴女の髪も着物も、私が下へ降りた時には血やら塵やらで酷い有様でしたから、
貴女が目にする前に……貴方が意識を失っているらしい間に、取り変えさせて戴いたんです」
「……飛翔が?」
「女性の髪を弄ったことはあまり無いので苦労しましたが、不快感は無いでしょう?」
「そ、有難う。……着物も貴方が?」
「ええ、着物も私が」
私の平手が目の前の頬に飛んだのは、其の直後であった。
最も、大した力の無い私の手では ぱちん、などと小さな音が立っただけである。
「信じられないわ、勝手に脱がすなんて!」
「そ、それは申し訳ない……ですが、貴女もお嫌でしょう、あんな化け物の血で汚れた自分の着物を目にするなんて。酷いものだったのですから」
「下ろしてくれれば良かったじゃない」
「僕が貴女をそっちのけにしていたら、今より良くなかったと思いますよ」
「それは、……そうだけれど」
渋々手を下ろした私に、飛翔は参ったという様に笑顔を見せた。あまりにも美しい見た目の青年の笑顔に、怒っているのも馬鹿らしくなって私は大人しく口を噤む。
「お許しいただけるのならば一先ずこのお話は置いておいて」
「忘れた訳じゃああないわ」
「―――僕は未だ、貴女のお名前を未だ伺っていません」
はたと私は、飛翔の襟を引っ張っていた動きを止めた。そうだったか。そういえば、彼は私の事をずっと貴女貴女と呼んでいる。呼び辛いであろうから教えても良いのだが、「知らない場所で名前を教えて、取られたりしないの?」
「此処には、迷い込んだ者の名を奪うだなんて神は居ませんよ。
邪神は言葉が解りませんし」
穏やかな目で促す様に見詰められ、私は名乗る。遅すぎる自己紹介である。
「千恵」
「千恵さん」
「千恵でいいわよ。私も飛翔って呼んでいるんだから」
「女性を呼び捨てにするのは失礼な気がしまして……」
「出会ったばかりの女性の服を勝手に着替えさせた人の言う事とは思えないわ」
自分の置かれている状況も忘れて思わず笑うと、飛翔の目も柔らかく細められた。
「じゃあ千恵さんね」
「千恵さんは未だこの世界の事を何もご存知ありません。説明するよりも前に連れ出した私に非があるに違いないのですが、少しお話しようと思います」
そして、一息に私に心の準備をさせようとする。
少しでも知っている事を増やしたい一心で、私はまじめに頷いた。
鳥居の先にあるこの提灯の街は、初めに飛翔が話した通り、
神様達の娯楽のお宿が集まって出来ている。神社に宿る神様が主なので、名前通り神無月には皆こちらにやって来るらしい。大勢の神様が居るから、建物はこの高さ二個の多さ。いつでも温かく迎える為に、提灯は一日中朱く灯っている。
提灯に飾られた、温かなお宿の集まる街。一言で表せばそんな場所である。
然し、邪神が現れれば話は別だ。
邪神とは元々災いをもたらす神として定義された存在で、鳥居に守られたこの町には踏み入って来ない筈の存在だった。その筈が、いつ頃からか、どこから入り込んで来たものか、邪神がこの街に現れる様になり出したのだ。それも、この上ない程不気味な姿で。
世の中の不幸と不気味さを全て掻き集めてくっつけ作った様なあの図体である。
邪神が通り過ぎた建物の提灯は灯が落ち、辺りは暗くなった。
勇気ある神が追い払えば、元に戻る。然し、怯える他の者に代わり毎度同じ神が立ち向かう様になってから、怪物の方も味を占めたのか揶揄う様にその数が増えたのだという。
飛翔は、邪神退治の特攻と呼ばれる街の言わば警察の様な存在であるが、つかみどころない様な彼は、こう見えて優秀らしい。白い着物は逸も高貴だ。
だけどそれなら尚更、
「私、役に立てる気がしないわ。
何度も言うけれど、今まで何とも戦った経験なんて無い唯の女学生よ。
迷い込んだ……というのはそうかも知れないけれど、偶々私だっただけなのに」
飛翔は、この数国だけで何度私が訴えても言う事を変えない。それどころか、
「千恵さんには、出来ますよ。それだけでなく、千恵さんには勝つ力がある様に僕には見えます」
何度目か解らない問答に私は肩を落した。それなら、闘い方を教えてくれればいいじゃないか。
武器はこの街にあるではないか、飛翔が出せるではないか。
それなら私が闘い方さえ覚えればもう解決の筈なのに、それをしてくれないのはどうしてだろう。
「大丈夫ですよ」と緩やかに笑う端麗すぎる顔を引っ張ってやろうかと思い乍、
私は布団に視線を落した。何も知らずにこの狭い部屋の枕元で鈍く光っている、橙色の灯り。外で蔓延る邪神の事さえ我関せずで、見知った場所でただ同じ事だけをして過ごしている。
私もこれになりたかった。私は私が嫌いだ。
私の何かしらの反応を待って居るのか、話し終えて一息ついているのか、飛翔は何も言わない。静かな沈黙の帳が下りた。 と、
「ごめんなさい、飛翔さま」
襖が数寸ほど細く開けられて、そこから小さな声が滑り込んで来た。
「ああ、はいはい」
飛翔は慣れた様子で襖を全て開き、声の主を迎え入れる。襖の向こうは、磨き抜かれた臙脂色の廊下が続いていた。この部屋ばかり見ていた私は思わず凝視してしまうが、何も知らない飛翔に直ぐ閉められてしまう。こいつ、丁寧な口ぶりの割に言動は然程好きになれない。闘えば強いという事は、解っているけれど。
声の主は小さな少女だった。橙に白の矢柄模様の着物を着て、その上から同じく真っ白な大きい前掛けを垂らしている。紅ちゃんと以前見たカフェヱの娘さんの様だった。
背丈は小さく、声の幼さからして歳は私より下だろう。否、服装を見る限りお宿に仕えている神様だとすれば、私より何百年も生きているかもしれない。
何より一つ気になったのは、其の表情が窺えないということだ。
縁日で売っているような大きな狐の面。きゅっと目を細めた妖しい面が、少女の小さな顔半分を覆い隠していたのだ。艶やかな狐の面の表面を朱色の化粧が辿っている。
辛うじて覗いている彼女の顔の下半分を見ると、小さな唇が光っていた。
やはり私より見た目は幼いらしい。
「少し前に目を醒ましたところですよ。この街のお話と、邪神の件は話してあります」
私のことらしい。どんな様子で聞いていればいいものか考えあぐねて、どう視線が交わっているのか解らない彼女の方を向いて小さく頭を下げておいた。
「あ、有難うございます……えっと、それではもう、動いても大丈夫でしょうか」
か細い少女の声が麺の下から紡がれる。まるで狐が喋っているみたいだ。
「大丈夫ですよ。あとは宜しくお願いしますね」
当の本人である私が傍観している間に、何やら事は進められている様だ。
いつ口を挟もうかと思って居ると、少女と話していた飛翔がこちらを振り向いた。
「千恵さん、眠気や疲れはもうありませんか?」
「え、ええ、未だ少し首が痛いけれど」
「ああ、それは大抵枕のせいですね。此処の枕は少し高いので」
「……なら大丈夫だわ」
飛翔の性格がもう既に解りきってしまい思わず眉間に皺を寄せて答えてしまうが、
けろりとした彼は、お面の少女を掌で指し乍平気な様子で言葉を続ける。
「彼女、この宿の近くに住んでいる娘さんです」
「彼女も神様なの?」 私が問うと、少女は飛翔の方を見た。
「ええ、そうですよ。お宿のお世話の仕事が多い、小さな神様ですが」
彼に紹介されて、少女は前掛けの裾を握り締める。ゆらゆらと落ち着きない様子を見るに、お面の下の顔は照れているのだろうか。神様だと言われても妹にさえ見える彼女の様子を私が場違いに微笑ましく思って居ると、飛翔は言った。
「千恵さんには此処から暫く、彼女と行動を共にして戴きたいのです」
私は首を傾げる。初め、帰り道で灰色の街に打ち当たって神社、鳥居の街と私を連れて来たの彼である。慣れて来た所でまた今更出会ったばかりの人の元へ移されることに戸惑うが、私は一先ず頷いた。
「飛翔はどうするの?」
「僕は僕の居るべき場所に戻りますよ。言ったでしょう、警察の様なものですからね」
「急すぎじゃあないかしら」
「大丈夫です、鳥居の中には居ますから」
「邪神が出たら?」
「彼女が一通り闘えるので、余程の事が無い限り心配ありません」
安心させるつもりだったのかもしれない彼の言葉を聞いて、私は驚いた。
この小さい娘さんにも闘いの技術が身についているなんて。
「そう、それなら……解ったわ」
黙って立って会話を聞いていた少女がぺこりとお辞儀をする。
薄々、帰れるのは少し先になりそうだとはもうずっと感じていた。
私は大人しく返事をして、此処から先は彼女に従う事に決めたのだった。
*
私が頷いたのを見届けると、飛翔はすっくと立って部屋を出て行った。白檀の残り香がふわりと鼻孔を掠める。
其の姿が見えなくなったのと入れ替わりに、ずっと入り口付近で立っていた狐の面を着けた少女が布団の傍らまでやって来て膝をつく。しゃん、と小さな音がした。
「迷い込まれたばかりなのでしょう。……連れ回させてすみません」
静かな声だった。落ち着いていて囁くような抑えた声だが、不機嫌には聞こえず耳に心地好い。あの、と語りかける少女が首を傾げると、又、しゃん、と音が鳴る。どこに身に付けているのか、鈴の音だった。
「いいえ、平気よ。少し大変だったけれど、直ぐには帰れなさそうだし、あなたたちの
言う通りにする」
密かに一度どうにでもなれと思ってしまえば不思議と心は軽く、幾らか素直になる事が出来た。私の機嫌を窺うように座っている少女の吐息がくすりと微笑んだ。
「……そうですか。そのお召し物、似合っています」
次いで、私の着ている濃緑を指さして呟くような声が褒めてくれた。彼女なりの歩み寄りだと解釈して、私は礼を言う。
「有難う。でもこれ、飛翔に着せられたものよ。貴女もこの着物の事は知っていたんじゃあないの?」
「知ってはいましたけど……貴女が着るのが、似合います」
面の下の口元が弧を描いていた。鈴の音が機嫌良さそうに転がる。そう、と私もどこか胸の浮く様な心地で返事をして、思うままに問い掛けた。
「随分お話してくれるのね。もう少し大人しい娘さんかと思ったけれど」
「話さない方が、良いですか」
「まさか。帰り道が解らなくなって鳥居の中まで飛翔と来てしまったけれど、
ゆっくりお話をする時間が生まれて嬉しいの。それに女の子が居て安心するわ」
「少し、貴女とはお話をしようと思ったんです。迷い込んだ人は皆最初は混乱して、連れ回されて……緊張が、本当は解けていないままだから。……それに、どうせ飛翔さまは適当だから」
「飛翔の事は私、本当によく解らないわ。いい人だと思ってはいるけれど」
「私から見たら、適当な人……です。でも戦闘と仕事の腕だけは確かなので、迷い者はいつも、大抵飛翔さまの元に回されて貴女は、初めから飛翔さまと出会ったから、此処まで一緒だったんです」
一度くらい変な言動を見たでしょう、とでも言いたげな声音口調に私は思わず笑ってしまった。此処に来て笑った時を思い返してみようとしたけれど、未知なる出来事に困惑して化け物との戦闘に怯えてと、碌な表情をして居た時が無かった様に思う。
狐面の少女との出会いを少し有難く思った。
それから暫く、私と少女は会話を繋いだ。初めて学級を共にすることになった生徒と互いにぎこちなく歩み寄る様に、どちらからとも無く声を掛けた。着物を褒めてくれた少女に始まり、飛翔の話や街の朱い風景、そして鈴の音が綺麗だと私が零し、少女の纏う空気が照れた様にはにかみ、ふう、と少女が思い出した様な吐息をつく頃には、比較的私の心は落ち着いていた。
「どうしたの?」
「そろそろ、行きましょう」
私の方へと手を差し伸べつつ、少女は言った。橙の膨らんだ袖から、細っこい腕が覗いている。
「行くって、何処へ?」
「下です。……いきなりこんな所へ来て、高い所に放り込まれて、つまらないでしょう」
邪神と闘ったとも聞きましたし、と続けて紡がれる。労わられて話し相手をされて、なんだか高貴なお姫様にでも生まれ変わったような扱いだ。
「下って、どんな所があるの?」
飛翔と街をひと巡りする前に邪神が現れてしまいそれきりだったことを思い出し尋ねると、少女は相変わらず小さな声で囁いた。
同時に、窓を開けていた際の乱れた髪、直しきれていなかったらしいそれを梳く。
「行ってからの、お楽しみです」
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