08

「……で、さっきはどういうつもりだ」


 行きつけとなっている喫茶店でユイに問い詰める。だが、怒っている僕に対してユイは嬉しそうにチョコレートケーキを頬張っていた。因みに、僕は金欠なので何も注文していない。

 もぐもぐ、と擬音が今にも聞こえそうな中、ユイは咀嚼していたケーキを飲み込んだ。


「んぐ……何の話?」

「とぼけるな。ったく……なんであんな事言ったんだ」


 僕とユイは甘い関係――恋人では決してない。もっと言えば友達ですらない。

 それなのに何故こいつは匂わせるような発言をしたんだ。


「ああ、さっきの事? 別にいいでしょ。恋人だと周囲に認知されていた方が一緒に行動しやすいし。それにここ最近ずっと取り巻きが五月蠅かったから……ついでにそいつらと距離を置く言い訳にもなった。ありがと」


 開いた口が塞がらないとはこの事を言うのか。

 なるほどなるほど。こいつは特になんの感情も持たずにあの発言をしたんだな。そうかそうか……。


「そんな事の為に僕は犠牲になったのか!」


 大声と同時に机に手を叩く。バシン、と机を叩いた衝撃で卓上にある黄金色の液体が大きく揺れた。

 突然僕が大きな音を出したせいか、少しだけ身体をビクッとさせるユイ。だが、そんなのはどうだっていい。僕は非常に怒っているんだ。


「お前のせいで残り少ない学生生活を嫉妬に囲まれながら過ごす羽目になるんだぞ! 見たかあいつらの顔を! 殺人鬼よりもあいつらの手によって殺されそうだ!」

「……呆れた」


 おかしい。明らかに正論なのに彼女は謝るどころか肩を竦めている。これでは僕が悪いみたいじゃないか。

 デザートのお供に注文した紅茶――確かダージリンティーだったっけ? それを一口飲むとユイは組んでいた腕を解き、頬に置いた。


「あのねぇ……周囲を気にしていたら来年までに見つからないよ。なりふり構わず探さなきゃ」


 ……ごもっともで。

 僕の正論は彼女の正論によってぼろぼろに崩れ去った。


「それで? 何か情報は見つかった?」

「……いや、全く」

「真面目にやってる?」

「当たり前だろ。真面目に探した結果がこれだ」


 常に持ち歩いている手帳を机に広げる。そこには一ページを除き、ほぼ真っ白だった。

 片手で一通り眺めた後、ユイは手帳を閉じ、目を伏せた。


 ――数か月の間、彼女と居るに連れて分かった事がある。


 一つ、殺人鬼は人間の何倍も身体能力が高い。

 二つ、殺人欲を紛らわす為に人よりも倍以上食事をする。

 三つ、殺人鬼はユイ以外にも存在する。


 以上の三点が得られた情報だ。

 二はともかく……一と三は僕にとって値千金だった。

 そもそも僕は殺人鬼の事を全く知らない。一応契約時に少しだけ教えて貰ったが……それでも足りないのが現状だ。事前情報があればあるほど探す上で有利になるし、目的が未知数であるのなら下調べなしでは『殺人欲の消し方』なんて殺人鬼にとっても眉唾な物には決して辿り着けない。


 彼女から色々と教えて貰うのには本当に苦労した。僕が何度聞いても答えてくれないし……ようやく教えて貰ったと思いきや大量のクレープを奢らされた。

 でも、情報があるのとないとでは大違いだ。金銭以上の価値はあった……って思いたい。


「……ま、仕方ないか。正直、私も直ぐに見つかるなんて思ってなかったし」

「それなんだけどさ。本当に何一つ分からないのか?」


 ユイは伏せていた目を戻し、頬杖を解いて、姿勢を正した。


「――殺人鬼は普段、社会に溶け込んでいるの。人を殺す時にだけ姿を出し、それ以外は身を隠している。殺人鬼が居るというのはなんとなく把握出来るけど……同族の私でも何処に潜んでいるかは分からない」


 カップを片手で持ち、一口啜るユイ。元の位置に戻ったカップには険しい表情がぼんやりと映っていた。


「……そうか。無理言って悪かった」

「こっちこそごめんね」


 となれば……自分の足で探すしかないか。

 右手を口元に当て、脳をフル稼働させる。もっと情報を膨大に扱っている場所――このあたりだと県立図書館になるな。行くのに時間が掛かるがやっぱりそこじゃないと駄目か。

 

「――私にもっと力があれば」


 他にも掲示板を調べたり……ん? 何か聞こえたような。

 声がした方向――彼女に目をやると薄ら笑いが返ってきた。……なんだ、聞き間違いか。

 まあ、取りあえず。


「今日はこれで終わりだな。時間も遅いし……」


 腕時計の針は全て真下。夏至はまだ来てないがあまり遅い時間まで外に出るのはよくない。……こいつも殺人鬼とはいえ、見た目は可愛らしい女の子だし。どこで変な目に遭うか分からないからな。


「どうする? 家まで送ろうか?」

「……大丈夫。今日は用事があるから」


 身体をふらつかせながらユイが席から立ちあがった。


「そんな身体で本当に大丈夫か? あまり無理しない方が――」

「大丈夫だから」


 ぴしゃりと言い放ち、千鳥足でユイはそのまま喫茶店を後にする。

 取り残された僕。机の上には空になった皿とカップ、それに領収書が置かれていた。……僕が払えって事か。

 泣く泣く受付まで持っていき、支払いを済ませると店長から「どんまい」と肩を叩かれた。べ、別に悲しくないやい。


 更に軽くなった財布を仕舞い、喫茶店の扉を開ける。

 外の雨は既に止んだ、が暗雲が一層どんよりしていた。

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