07
彼女と契約をしてからというもの、僕は文字通り必死に探し回った。
ある時はインターネットを徘徊したり、ある日は情報屋が存在していると噂のバーで慣れない酒を飲んだり、雨の日は図書館で殺人鬼に関する新聞を模索したり。
だが、探しても殺人欲を消す方法どころか、殺人鬼に関する情報さえ見つからない。月に何回か事件があるだけで日本は比較的平和だった。
関東も梅雨入りを果たした頃、残り少ない講義を終えた僕は大学内にある図書館に足を運んでいた。
ここ最近はずっと雨で外に出るのも億劫になっていた。それに加え何一つ殺人鬼に関する情報は得られない。
僕の心は空模様と同じ真っ暗だ。
「ハァ……。今日も見つからなかったか」
年代別に仕切りされている本棚にファイリングされている新聞紙を戻す。二か月の間でこの辺りの棚は殆ど読み尽くしてしまった。
という事はつまり、此処に情報はないという事を暗に示していた。
「次はもっと大きい図書館にでも行ってみるか……」
小さく手を振る受付係に会釈してから自動ドアをくぐる。雨の日はバイトがない限り必ず行くから向こうも僕の顔を覚えたのだろう。
玄関脇に置いてある傘立てから白化した柄を引っ張る。一年次に夕立で仕方なく生協で買ったビニール傘だったが、案外丈夫なので今も使っている。
ぱっ、と傘を開く。軒から一歩踏み出すと透明色の膜が僕の身を雨粒から守っていた。
大学内にある図書館、と言ってもこの大学はかなり広い。講義室がある本棟から図書館まではかなり距離があるので戻るにも一苦労だ。
リズムよく打ち続けるサウンドに耳を傾けながら本棟までの道のりを進む。雨だからか、すれ違う人は殆どいない。
程なくして、目的地である本当に到着した。
「お、ミズノ。今日も図書館浸りか?」
傘を元に仕舞おうとしていると玄関先で誠也に声を掛けられる。今からサークルにでも行くのか、黒色のケースを背負っていた。
「そんなところ。今からサークル?」
「おう、ライブが近いからな。……それにしても随分と熱心だな。あまり読書好きって訳でもないのに。一体何を探しているんだ?」
「就職先と卒論の題材」
間髪入れずに答える。
この質問は必ずされると思っていたので前々から考えていた。四年生なら卒論を書く為に図書館を使用するのは可笑しくないし、職選びにしても同じだ。……ま、それが活きるのは生き延びた後の話だが。
僕の答えに嫌気が刺したのか、誠也は顔を顰めた。
「うげ、お前もよくやるよな。まだ半年以上もあるのに……焦るには早過ぎるんじゃないか?」
お前は事情を知らないからそんな口が利けるんだ。早く殺人欲を消す方法を見つけないと僕は来年で死ぬんだぞ? それを探すのに遅いも何もない。
「別にいいだろ。早めにやっておけばその分就職活動に時間を割けるんだから」
「それもそうだな。いいのが見つかったら、俺にも教えろよ?」
「はいはい」
「……で、彼女とはどうなんだ?」
あからさまに話題を切り替える誠也。周囲からは見えないように片手で顔を隠し、下世話じみたあくどい笑みで僕に囁いた。
「彼女って誰だ?」
「しらばっくれんな! 神白ちゃんの事だ!」
神白ちゃん……ああ、ユイの事か。
「あいつとは彼女でもなんでもない。……前々から言っているだろ」
「いいや、俺は信じない。それに他の奴らも信じていないみたいだぞ」
「なあ!」と誠也は校内に大声を響かせる。それに対して周囲の反応は、僕とユイの関係に興味津々が少数、その他は誠也と同じ視線を送っていた。……傍から見れば僕とユイはそういう関係だと思われていたのか。
「あのな……何回も言うが僕とあいつはお前が思っているような関係じゃない」
「嘘つくな! ホシは既についている」
そう言うと誠也はポケットからスマホを取り出し、指を忙しく動かす。少し待つと時代劇を思わせる手付きで僕の目の前に画面を突き出した。
「見ろ、決定的な証拠だ!」
そこに映し出されていたのは。
「…………あ」
僕とユイが先月、駅前のクレープ屋へ行った時の写真だった。しかもご丁寧にツーショットの物が。
「これを見てもまだ無実を主張するか」
「誤解だって。そもそもデートじゃないし、僕は全品奢らされたんだぞ?」
デザート系を十七品、軽食系が八品で合計二十五品。一か月のバイト代がほぼ彼女の胃袋に収まった。
殺人鬼に食欲はないのでは? と思っていたが彼女曰く「空腹を紛らわせる為に食事をしている」との事。……それにしても食べ過ぎではないか。
そのせいで僕はつい最近までひもじい生活を送っていた。もうもやしは食べたくない。
「というかどこから撮ったんだ? 明らかに盗撮だろ」
クレープを美味しそうに食べているユイとそれを眺める僕。これでは誰が見てもカップル同然だ。当時の僕は減り続ける財布を見て顔を真っ青にしていたけど。
「学生用の掲示板から拾ったからな。元手は分からん」
「……管理者に言えば削除してくれるかな」
道理でユイと居ると変な目で見られる訳だ。一刻でも早くこの事実をもみ消さなければこの状態はずっと続くに違いない。
後で掲示板にアクセスしようと考えていると誠也に肩を掴まれてしまった。
「やっぱり彼女との関係を隠していたな! 見損なったぞミズノ!」
「だから誤解だって! これは……そう、偶々駅前で出会っただけだから! 僕とあいつにやましい関係は何一つない!」
「俺はやましい関係とは一言も言ってない! ついに白状したなこいつ!」
僕が誠也の首根っこを掴み、誠也は自慢の怪力で僕の肩を握る。
入学式の続きが再開されようとしたその時、
「――また何かしているんですか? 水野先輩」
救世主が階段から降りてきた。
「いい所に来たユイ! こいつらに僕との関係をきちんと説明するんだ!」
取っ組み合った状態のままユイに言葉を求める。
「え? いきなりなんですか?」
「僕とお前が恋――ぐぎゃあ⁉」
事情を説明しようとした瞬間、無数の手に阻まれてしまった。畜生、なんでこういう時になるとお前らは団結するんだ!
僕の身柄が拘束される中、代表として誠也がユイの前に立った。
「神白ちゃん。ミズノとはどういう関係なんだ? 実はこんな写真が流出してね……君から答えを聞かせて欲しい」
スマホをユイに見せる誠也。表示されているだろう写真をユイはじっと眺め、無言になった。
シン、と校内が静寂に包まれる。誰もが呼吸を忘れ、固唾を――。
「――ええっと、はい。水野先輩とはそういう仲です」
呑んで……あれ? 僕の耳には「そういう仲です」と聞こえたんだが。
皆も僕と同じような顔をしている。これは聞き間違いじゃなかったのか。
「早く行きましょう、先輩」
呆然としている僕の手を引っ張るユイ。入学式とは逆の立ち位置になっていた。
僕を阻んでいた手を華麗にすり抜け、そのまま一緒に本棟を後にする。
正門まで辿り着いた頃に。
『ハァ⁈』
と、後ろから叫び声が聞こえた。
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