03

 僕のアパートから車で二十分。国道を真っ直ぐ走り、チェーン寿司屋を右に曲がってまた真っ直ぐ行くと僕が通っている大学に到着する。

 この大学は駅から近くて立地も良く、敷地内には様々な施設があるので高度な専門分野が学べる。大々的に宣伝しているのもあってか全国から挙って人が集まっていた。

 その分入試倍率も高いけど……奇跡的に合格する事ができ、学生生活を謳歌している。


「おーい、ミズノー」


 駐車場に車を停めようとしていると階段の先で件の友人が両手を振っていた。

 綺麗にバックで入れ、エンジンを切ると態々向こうからやって来た。


「ごめん誠也。少し遅れた」


 車内から直ぐに出て、友人――三尾誠也に頭を下げる。


「まだ式の途中だからセーフだ。それにしても時間を必ず守るお前が遅刻なんて、珍しいな」

「……ちょっと夢見が悪くて」

「おいおい無理するなよ」


 この時期になると必ず夢に現れる。三年前の、あの日。

 忘れないよう戒めているのか、それともずっと囚われているのか。どちらにせよ、あの光景が今もなお脳に焼き付いて離れない。


「――本当に大丈夫か? 顔色、悪いぞ」


 心配したのか誠也が僕の顔を覗き込んで来た。

 まずい、なんとかして誤魔化さないと。


「……朝食べるのを忘れてさ。もしかしたらそれかも」


 言っている事は本当だがそれが原因ではない。……まあ、仮に本当の事を言った所で信じないと思う。


「おいおい心配させるなよ。俺が後でなんか奢ってやるから早く行くぞ」


 ……彼の様子を見るとどうやら上手く騙せたみたいだ。


「で、僕は何をやればいいんだ?」


 背中を押されながら誠也に質問する。


「そういえば詳しく説明していなかったな。入学式が今日あるのは伝えただろ? 新入生が一度に集まる機会だから我ら軽音サークルも勧誘しよう、と部長からメッセが来てな。ついでにお前にも手伝って貰おうと」

「……あのな、僕は名前を貸しているだけでサークルに一度も参加した事がないんだぞ。それなのに勧誘の時だけ出しゃばるのは他のメンバーが納得しないだろ」


 そう、僕はサークルに所属していない。僕がまだ新入生の頃、当時の部長が存続の為に入って欲しいと頼まれたのだ。

 一応同期とも面識はあるが……メンバー全員の名前は把握していないし、幽霊部員が居た所で困るのはそっちだろう。


「大丈夫。お前が居た所であいつらは何も思わない」

「……それって僕は影が薄いって事?」

「…………ハハハハハ」


 おい、笑って誤魔化すな。

 ハァ……バイトもないから一日中惰眠を貪ろうと思ったのに……。

 

「……ま、今日は用事もないし。特にやる事もないからいいけど」


 覚えてなかったとはいえ一度了承したのだから受け持つ責任がある。

 内容は別としてそれを断るのは僕自身が許さない。


「サンキューな。ミズノならそう言ってくれると思ってた。――少しここで待ってろ。必要な荷物取りに行ってくる」


 そう言い残して誠也は向こう側にいる集団の所へ走っていった。

 入学式は体育館で行っている。今は式真っ只中だから閉められているが……あそこだけ凄い人だかりだな。

 まだ終わってもいないのに群がるように人が集結している。……そんなに新入生が欲しいのか。別にもう少し落ち着いてからでもいいだろうに。

 遠目で眺めながら待っていると誠也が両手に色々な物を持ちながら小走りで戻って来た。


「何それ」

「この荷物か? 勧誘に使う為の道具。お前にはこれを使って貰う」


 手渡されたのは段ボールで出来た手作りの看板と馬の被り物みたいな何か。

 看板はまだ分かるが……。


「なんで馬の被り物? しかも、結構リアルだし」


 問題はもう一つの方だ。一体なんだこれは。着ぐるみならともかく……頭だけって。


「いい所に気づいたな。これは我がサークルのマスコットキャラクター『らでぃしゅうーまん君』だ」

「何が、らでぃしゅうーまん君だ。オスなのかメスなのかはっきりさせろよ」

「良いだろ別に。さっさと被れ」

「嫌だ。こんな罰ゲームみたいなの誰が被るか」


 これを被った状態で人前に出るとか一生の恥だ。


「あのな……これはお前にとっての救済措置だからな。幽霊部員だからしゃしゃり出たくないお前の為に用意したんだ。感謝しろよ」

「……本音は?」

「面白そうだったから」


 こいつ……本気で殴ろうかな。承諾した僕も僕だが人の優しさに付け込み過ぎじゃないか。でもここで引く訳には……ええい、僕も男だ。


「分かったよ! やればいいんだろ……」

「流石はミズノ! 俺は信じていたぜ!」


 拍手をしながら誠也は僕を囃し立てる。軽音サークルの人達も遠くから手を叩いていた。……そんなに嫌ならゆるキャラなんて作らなければ良かったのに。

 誠也から改めて被り物を受け取る。リアルな馬面は妙にふてぶてしく、それが更に僕を苛立たせた。


「これで準備は整ったな。入学式が終わるまで待機といこう」

「……はいはい」


 もういい。後は野となれ山となれ。

 僕は馬の生首を片手に項垂れるしかなかった。

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