02

 四月一日AM 八:三〇


 枕元で電子音が鳴り、むくりと身体を起こす。寝ぼけ眼で視線を窓にやると外はまだ薄暗く、朝霧に包まれていた。


「……水」


 寝汗で失った水分を補給する為に水道へ向かう。立つ時に軽く眩暈が起きたが無視。きっと昨夜の飲み会のせいだ。

 並々と入ったコップを一気に飲み干す。……ふう、ようやく落ち着いた。


「夢……か」


 どうやら先程の出来事は夢だったみたいだ。本物のように鮮明だったのは……人生の中で一番衝撃的だったからだと思う。

 夢の中で斬り付けられたであろう箇所に手を当てる、が血は出ていない。

一応、机に置いてあった手鏡で確認する。ぼさぼさの髪、青白い肌、目の下に隈など不健康がお似合いの顔が写っていた。

 そして――顔から下、首元には傷跡が一直線に残っていた。

 人の治癒力なら直ぐ消えるはずなのに、未だに綺麗にならない。


「今何時だ?」


 ベッドの上に放置していたスマホを手に取り、電源を入れる。淡く光る液晶には六時と表示された。そういやことわざで『早起きは三文の徳』があるが……毎日この時間帯に起床する僕はそれよりも早く起きなければ三文を得られないのだろうか。


「アホか、僕は」


 馬鹿げた思考を退散させる。自分で思っている以上に寝ぼけていたみたいだ。

 眠気覚ましも兼ね、冷蔵庫へ移動する。

 扉を開け、中から缶珈琲を取り出すとコップに注いだ。容量がぎりぎりだったがなんとか全部入れる事が出来た。

 零さないよう気を付けながら電子レンジにセットする。一分と書かれたボタンを押すと、機械特有の電子音が部屋に響いた。


「……着替えるか」


 温めが完了するまで少し時間がある。それまでに寝間着から着替えた方が効率もいいだろう。

 一度洗面台に行き、洗濯機の中に肌着と寝間着を突っ込む、半裸の状態でリビングに戻り、クローゼットを開いた。

 今日のコーデは中古で買ったワイシャツとスキニージーンズ。古着、と称すればそれなりに箔が付くが、単純に新品を買うだけの余裕がなかった。……ああ、新品が欲しい。


 着替えているうちに電子レンジが温めを終える音を告げた。

 中からコップを取り出す。息を吹き、湯気が落ち着いたのを確認してから一口啜った。


「あちっ」


 思わず声を上げる。危ない、火傷になるところだった。

 飲むのを諦め、そっとテーブルに置く。朝食も作ろうとしたが……特に腹も空いていないので今日はパスしよう。


 ふと、時計を見ると長針と短針共に左下を向いていた。

 普段この時間だったら大学があるが今は春休み。今日が平日でも焦る必要はないし、思う存分ゆっくりできる。


 ベッドにダイブし、スマホに手を伸ばす。ニュースを閲覧するが大した情報はなく、今日も平和であると言外に伝えているようだった。


 数分ぐらい適当に眺めていると振動と共に一通の連絡が届いた。

 アイコンをタップし、会話欄から新着メッセージを探す。送り主は大学の友人からだった。


『今日は入学式だぞ。前に伝えた通り、手伝って貰うからな』


「……しまった」


 そういえば先週辺りに手伝えとか言われていた気がする。丁度バイトが忙しい時間に伝えられたからすっかり忘れていた。

 慌てて外出の準備の為、髪のセットから何まで、全てを並行作業で行う。……ええい今日ぐらい適当でいいや。

 最後に車の鍵を手に持ち、そのまま勢いよくこの部屋を出た。

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