くも
七月
第1話
2020/10/7
節足動物は好きじゃない
でも蜘蛛だけは別
見えないところで番人していてほしい
求めているのはそれだけよ。
内見の時には気づかなかったが、実際入居が決まって引っ越し業者が去った途端に目についた視界の端のそれに、端口ミヨ(はしぐちみよ)は顔を覆ってため息をついた。
片目でちらりと再確認すると、そいつは一度出たら沸きあげてくる目障りな羽虫の類ではなく、現代でも益虫と呼ばれ、そこまで突飛な動きをしない、蜘蛛であることを把握する。しかし、とは言え、捕食者がいるということは餌になる虫もいると繋がる。薄茶色のそれは日本で軍曹と名高き冠を有する。つまりは、その体躯に合った奴がいるのだと。
ミヨの実家は今年、耐震設備が整っていないということで取り壊しになった。どうもひいひい爺さん辺りが無理に増築した部屋が問題になったらしい。更地になる土地に新しく建て直すほどの貯金もなく、また、意外に高値がついたことから土地自体を売ることにした。両親はその代金握りしめて兼ねてからの夢である世界一周クルーザーに乗り込み、とっくに成人したのに許されるままにうだうだと実家にいたミヨは突然追い出されるように一人暮らしを始める羽目になったのだ。否、本当は二人の旅行についていくという選択もあったが、それなりの歳であったこと、しかし、意気揚々に土地を離れる決心をした彼彼女らと明らかに意識の差を感じ、あれよあれよと一人立ちという選択となったのだった。
そんなわけで実家からさほど離れておらず、ご近所も知ったる市内にて、見合った賃貸を探した。不動産が、穴場なんですよ、と紹介したこの部屋は特段目立つ粗はなかったので、とんとん拍子に決まった安アパートだ。白塗り三階建ての三階。建物自体が他の家より1段高いために見晴らしも良く、風も通り抜け、他の部屋よりも窓一つ多い角部屋だ。ミヨはキッチンを抜けたワンルームの畳に、今届いたばかりの段ボールから出した長クッションを投げると、その上に寝転んだ。蜘蛛は玄関側にあるキッチュスペースの壁で静かにしている。てっきりひとりぼっちでスタートすると思った生活が予期せぬ同居人だ。蜘蛛の位置は気にしつつも、そのままミヨは目を閉じた。
くも 七月 @nzzz
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