第9話

 結局いくら考えたところで10秒しか物を持てないという結果は変わらないことにあきらめがついた僕は、洗濯物を元通りの場所に戻すために拾っては落としてを繰り返した。


 これまでのことを考えると、物に触れるという事実があるだけでも十分ありがたいのだが、10秒ごとに物を落としてしまうため、非常にめんどくさい。


 現状、この方法でしか物に触れることはできないためしかたないが、欲をいえばせめて1分でも物を持つ時間が欲しい。そうすればなにか美沙にできることがあるかもしれない。ただ、仮に長くさわれたとして、僕にはなにができるのだろうか。物に触れることができると分かった以上、僕は美沙に何かしてあげたい。でも、自分が美沙になにをしてあげれるのかが分からない。美沙が立ち直るために何が必要なのかが思いつかない。だから、結局どれだけ物に触れられる時間が長かろうが結果は変わらないのだろう。


 美沙の寝顔を横から見ながら考える。いったい何をすれば彼女は立ち直れるのだろう。いっそ、この家の家事をしてみようか。美沙は今ほとんど家の家事をしていないからそこ彼処に埃もたまってるし、使い終わったお皿も流しにたまってる。唯一ゴミだけはしっかり捨ててるから、家が荒れてるという印象は受けない。


 そんな益体もないことを考えながら部屋中を眺めていてふと、クローゼットの中にあるアルバムを思い出した。付き合って半年の頃に美沙が2人の写真を思い出として買った物で、写真を撮るたびに現像してそのアルバムに入れていった。押し入れの扉を開けて、アルバムを記憶を頼りに探し出す。見つけ出したアルバムは、最近全く開いてなかったからか、少し埃をかぶっていた。



『このアルバムがいっぱいになったとき、私たちどうなってるかな!』


『きっと今以上に仲良くなってるよ。だから、これからも末長くよろしくね』


『こちらこそお願いします!!』



 いつだったか、2人でアルバムを見ながら話した内容が思い出された。


 時間をかけてアルバムを見ながらたくさんのことを思い出した。初めて2人で旅行に行った時のこと。初めてのクリスマス。1年記念日、そして美沙の誕生日。どれも懐かしくて、かけがえのない思い出だ。もしも死なずに結婚ができていたならなんて、もうどうしようもないことを考えてしまう。


 ふと、このアルバムに美沙への手紙を挟んでみてはどうかという考えが頭をよぎった。僕が美沙のそばにいること、見えなくても必ず美沙を見守っていることを伝えたいと思ったのだ。


 でも、その考えは一瞬で消し去った。僕は美沙に僕のことをずっと思っていて欲しい。けど、僕のことをいつまでも引きずっていてほしいわけではない。手紙を読むことで僕の存在が彼女の中にある傷を強く刺激してしまうかもしれない。そう考えると手紙を書くというのはあまりやりたくなくなった。



「そろそろさわれなくなる時間が近づいてる。アルバムも戻しておかなきゃ」



 そう呟いてアルバムを苦労しながらクローゼットの中に戻し、後は扉を閉めるだけだったのだが、結局閉め切る前にタイムミリットを迎えてしまい、中途半端に開いた状態で朝を迎えるのだった。

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