第4話
美沙が呟いた言葉が信じられなかった。いつも明るくてニコニコしている美沙から出てきたとは思えないしんどい、死んじゃいたいという言葉が重く体にのしかかってくるような感覚を味わう。同時に自分がここまで美沙のことを気にすることができていなかったことに気づかされた。
「⋯⋯そうだ。僕はなんでこんなことにも気づけなかったんだ。美沙が傷ついていないわけがないじゃないか」
ここにきて自分の無神経さが嫌になる。なぜ辛いのは自分だけだと思ってしまったんだ。
残された美沙の気持ちも考えず、ただただ自分のことを嘆いてばかりじゃないか。いったい美沙のなにをみていたんだ。あんなにも泣きはらした目で、ボサボサの髪で、生気のない歩き方をしていた彼女が平気なはずないじゃないか。
「僕はなにをしていたんだ。僕よりも美沙の方が辛いに決まってるじゃないか」
死んでしまった僕なんかよりも、生きて残された美沙の方が何倍も辛いに決まってる。彼女の手元に残っているのは、僕が渡すはずだった指輪しかないのだ。
こんなところで呆然としている暇があるならば、今すぐにでも美沙の元に行って寄り添ってあげなくてはいけないのではないか。幽霊である僕には彼女にも周りのものにも触ることはできない。でも、彼女の近くに行ってあげることはできる。
そう考えたらいても立ってもいられなくなった。すぐに美沙の出て行った方向にかけていき美沙の後を追う。
美沙は事故現場になった交差点の信号のもとに膝を抱えてしゃがんでいた。
「美沙!僕はここにいるよ!」
聞こえないことなんてわかりきっていた。それでも今ここで声を出さなきゃいけないと思ったのだ。できるならば彼女を後ろから抱きしめたい。でも、そんなことはもうできないから、せめて彼女に気付いてもらえなくても一緒にいたいのだ。
「はじめて出会った日さ、美沙緊張しすぎて挨拶で噛んでたよね。座った瞬間に顔真っ赤にして苦笑いしてこっちで見てきたの今でも思い出せるよ。2人とも旅行好きなの知ってお互いのおすすめの場所話あったりしてさ、すぐ仲良くなったよね⋯⋯」
僕はそのまま美沙が帰るまでずっと隣で2人の思い出を話し続けた。
2時間ぐらいして、すっかり夜になると美沙は家に帰って夜ご飯の準備をはじめた。
ゴミ箱の様子から見るに、最近はずっとカップ麺を食べているようだ。以前の美沙はどんなに忙しい日でも自分で料理を作って食べていた。付き合いはじめた頃に僕のだらしない食生活を見てからは、ほぼ毎日ご飯をつくりにきてくれるぐらいには料理がうまくて、目の前お湯が湧くのを待っている姿とはあまりにもかけ離れている。
美沙の生活のいたるところから彼女の心の傷が感じられる。いったい僕になにができるだろう。美沙のあの言葉から僕はずっと考えているが、まだ答えは出てきそうにない。それでも、美沙のそばにいたいという気持ちは変わらない。彼女の心の傷を癒せなくても、塞がって行く過程をそばで見ていることはできる。
美沙はカップラーメンを食べるとそのまま風呂に入り、出てくるとすぐに眠りについてしまった。これまでよりもはるかに早い時間で、まるで現実から逃げたいかのように感じられた。なかなか寝付けないのか寝返りを何度も打って、顔も苦しそうだ。
しばらくすると美沙の寝息が聞こえはじめた。寝顔は相変わらず苦しそうで、夢の中でさえ僕や事故のことに苦しめられているのがわかってしまう。
「せめて夢の中では君が幸せな時間が過ごせますように」
両手を組んで目を閉じる。不思議とうなされていた美沙の声も落ち着いた気がした。
いつか彼女の時計の針が動き出すまでこうして何度でも祈り続けようと僕は決めたのだ。
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