第3話
僕の写真が飾られた仏壇に向かって拝む美沙を目の前にして、僕は現状を理解することができなかった。いや、正確に言うならば理解したくなかった。
きっと今目の前で起こっていることは全て夢で、朝になればこれまで通りバタバタしつつも楽しい日常が待っているはずなのだ。
「頼むからはやく朝になってくれよ」
荒い呼吸とともに願望を吐き出しても目が覚めることはなく、目の前の美沙は仏壇を前に涙を流しながら拝んでいる。
なんでこんなことになってしまったのか。なぜ彼女はないてしまっているのか。泣いている彼女を前にして自分はなぜ見ていることしかできないのか。ただただ襲いかかってくる無力感に苛まれながらその光景を見つめるしかできず、僕は壁を突き抜けて家を飛び出した。
気づいたら僕は最後にいた交差点に立っていた。
あの時僕はここから楽しい未来へと踏み出すはずだった。どこで間違えたのか。いったいなにが悪かったのか。いくら考えても分からない。もしも過去に戻れたら、もしもあの時この場所にいなければ。あと一本早い電車に乗れてたならば。あと、あと、あと、あと⋯⋯。
考えても考えても答えは出てこず、ただただ受け入れられない現実を嘆くことしかできないでいると、信号の向かい側から美沙が歩いてくるのが見える。
下を向いて、おぼつかない足取りでゆっくりと歩く姿はまるで怪談に出てくる幽霊のようで、整えられていないボサボサの長い髪がよりいっそうその姿に拍車をかけていた。
会社に行くような格好ではなく、いつも部屋着として使っていたトレーナー姿で駅とは反対方向へと歩いて行く姿が心配になって彼女の横を同じ速度で歩いて行くことに決めた。
「本当だったら今頃笑顔で一緒に歩けてるはずだったんだな⋯⋯」
ふと口に出た呟きは2人夢に見た光景で、叶えられるはずのものだった。
心は絶望と悲しみで打ちひしがれているはずなのに、涙は枯れてしまったかのように出てこない。いや、実際に枯れてしまったのかもしれない。
満足に悲しむこともできない自分を省みて、横を歩いている美沙をみると望んだ未来を2人で進んでいくことができない事実を胸に打ち付けられているような感覚がして、より無力感が襲ってくる。
そんなことを考えていると、美沙が歩みを止めて顔を上げた。
目的の場所に着いたのかと思って僕も目の前の景色を見てみると、そこは公園だった。
この公園には何度も来たことがある。そこそこ大きな公園で、週末には子供連れの夫婦が多くやってきて家族の時間を過ごす場所だ。
僕らもよくここにピクニックに来て一日を過ごした場所だ。春になると公園の中心にある大きな桜の木が咲いてとてもきれいな場所だった。
「結婚して子どもができたらみんなで桜観にこなきゃね!」
いつだったろうか、ピクニックに来たときに美沙が楽しそうに話していたのを覚えている。
懐かしいことを思い出しながら美沙が座ったベンチに一緒に腰掛ける。
美沙はただただじっと桜の木を見つめている。いったいなにを考えているのだろう。死んだよう顔で一言も喋らずにただじっと座っているのだ。
日が暮れて公園にもほとんど人がいなくなった。さっきまでは友達同士で遊びに来た小学生や、小さな子を連れたお母さんがたくさんいた公園も、一気に静かになってまるで別の場所のようだ。
どうやら美沙も帰る気になったらしい。公園に来てからいっさい動くことのなかったベンチを立った。
「⋯⋯しんどいよ。なんでそばにいてくれないの。⋯⋯いっそのこと死んじゃいたい」
彼女は桜の木に向かってそう呟くと公園を出て家の方へと向かっていった。
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