第135話 得手
「早く、怪我人を運べ!」
「おっ、お前。さっきまで重傷だったのに……」
「いいから早くしろ。奇跡が起きたんだ」
「何があった……?」
「あの少年だよ。ララが連れてきた黒髪の」
「巨人を斬首した?」
「ああ、あの少年は治癒魔術まで使えるんだ」
「バカな……」
「嘘でも、偽りでも勝手に思えばいいから、早く来い。実際にその身で奇跡を受けろ」
そんな会話が村のあちこちで交わされていた。
アルフォンスのもとに集まる人々は皆、半信半疑でやって来て、その寸刻後には手の平を返したかのように礼を言って、他の怪我人を呼ぶために村々に散る。
それを幾度か繰り返した結果、村人の犠牲者は0という奇跡が起きたのだった。
巨人に踏みつけられたり、ゴブリンたちに不覚を取って命を失ったりした仲間の魔物は、数頭ほどはいたものの、SSランクの魔物の襲撃を受けてこの程度で済んだことは、本来あり得ないことであった。
もちろん、アルフォンスという規格外な存在があったことは否めない。
それでも、いくら少年が万能の天才だとしても、死んでしまっていては蘇生も出来ないので、
「うおおおおおっ、【クロ助】良かったなぁ〜!まさか失った手足まで完治するなんて、神はこの世にいたんだ……」
そんな大げさなくらい感情を爆発させたのは、見張り台のところで出会ったキールであった。
彼が使役していた【トロル】のクロ助は、最後まで巨人と相対して、村人たちが逃げる時間を稼ぐ役を果たしていたため、その怪我は酷いものであった。
片目と片手を失い、両足も粉々に砕けていたのだ。
それでもトロルは、その命が果てるまで村人の盾になろうとしたのだった。
そんな感動的な経緯を聞かされたアルフォンスは、つい心が昂ぶり、魔力調整に失敗してしまう。
その結果、クロ助の両足の骨を過剰に回復してしまうことになったのだが。
もっとも、それはいちいち騒ぐほどのことではない。
単に、両足の骨がアダマンタイト並みの硬さになってしまっただけである。
軽く蹴っただけで、ゴブリン程度であれば、爆散するくらいの硬さになっただけである。
わざわざ言わなくてもいいよね……。
たいした問題があるわけじゃないし。
内心で申し訳ないとは思いつつも、そんな結論に至るアルフォンス。
少年もまた完璧な人間ではないのだ。
ちょっと心配で、キールとクロ助の様子を見ていたアルフォンスであったが、そこに背後から声をかけられる。
「アルフォンス君には村人だけでなく、従魔たちまで世話になってしまったな……」
そこにいたのは、村長である【イズレンディア】であった。
彼もまた重傷であったが、アルフォンスに命を助けられたひとりであった。
「従魔?」
「ああ、我々が使役していた魔物たちのことだよ。君も同じではないのかな?」
村長はそう言って、アルフォンスの隣に侍っている子狼を見る。
「ショコラのことですか?」
「ああ。あの見事な連携を見たら、そうだと思ったのだけど?」
「別に僕たちは、使役するとかしないとかの関係ではないんですよ。不思議な縁というか、奇妙な関係というか……」
「ふふっ、そうか。【
そんなことを独りごちる村長。
そして彼は、改めてアルフォンスに向き直ると、深々と頭を下げる。
「この度の貢献、村を代表して礼をさせてもらう。なにぶん寒村なため、決して満足いくとは言いきれないが、精一杯の謝礼をさせていただく」
「そっちは結構ですよ。好きでやってることですし」
「いや、そういう訳にはいかない」
「なら、その分を復興に充てて下さい。ずいぶんと村も壊れちゃいましたから」
「アルフォンス君……」
「ホントならもっと早く参戦していれば良かったんですが……。僕がうだうだと考えていたばかりに、助太刀が遅れたのが心苦しいんです」
そうして、アルフォンスはニッコリと微笑むと告げる。
「ですから、僕の心の平穏のためにもお願いします」
「君という少年は……。本当に何と言ったらいいか……」
「お気になさらないで下さい」
「ありがとう。心から感謝する。村の建物や麦畑には損害は出たが、君のおかげで村人には犠牲者が出なかったんだ。それなら、みんなで力を合わせてきっと復興してみせるよ」
そう、村長が誓うと、アルフォンスは何かを思い出したように行動する。
「そうだ。ちょっとやってみますね」
そう言ったアルフォンスは、麦畑やその周辺に転がっているゴブリンや、サイクロプスの骸を次々と次元収納に収める。
「ちょっ……何を。というか死体はどこに……?」
「一時的に収納しました。後でお返ししますね」
「いや、それは別に構わないのだが……。それは収納魔術なのか?」
「はい。これからやることに邪魔なので収納しました」
そう頷いたアルフォンスは、一連の行動の説明をする。
「僕の治癒の練習台って、実は植物だったんですよ。魔力が多すぎるために、昔は過剰に回復しちゃうことが多かったんで」
「んん?」
そう前置きしながら、アルフォンスは詠唱を始める。
「だから、植物を癒やすことは得意なんです」
少年はそう言って治癒魔術を展開する。
それにともない眩い光に包まれる麦畑。
すると、無惨にも魔物たちに踏みにじられて折れ曲がった麦たちが、次々と実をつけた
「うそ……だろ」
その光景を目の当たりにした村長ですら、とうてい理解できないことが起きていた。
魔物たちに蹂躙されて死んでしまった麦畑が、息を吹き返したのだ。
それも、以前と変わらぬ輝きをもって。
「うおおおおおおおおおお!」
「すごい……こんなことって」
「奇跡だ。奇跡が起きた……」
「ああ、また少年に救われてしまった」
そんな声が、村のあちこちからあがる。
こうして、レナス村の人々の誇りでもある、麦畑が蘇ったのであった。
「どうやらうまく行ったみたいですね」
そう微笑むアルフォンスの背後では、黄金色に光る麦の海が、再生を喜ぶかのように大きく波打つのであった。
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