第131話 天災
本日二度目の投稿です。
第130話 巨人
を未読の方は、先にそちらをお願いします。
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その巨人は、まさに天災とも呼ぶべき存在であった。
振り下ろした棍棒が地を割り。
耳をつんざく咆哮は風を起こす。
村人たちが繰り出す高威力の魔術も、巨人の異常なほどの魔術耐性により効果を及ぼさない。
そして、生半可な剣や爪牙では、その肌に傷をつけることも能わない。
「【ドゥクス】行け!」
村長がガルムの群れの
数匹のガルムが囮となり、意識がそれたところでサイクロプスの頸動脈を狙う作戦だ。
こうして、訓練されたガルムたちはその作戦を忠実にこなす。
棍棒を振り下ろした際に体が前のめりになり、頭が下がった瞬間【ドゥクス】がサイクロプスの背中を駆け上がる。
この狙いは正しかった―――想像以上にサイクロプスの表皮が硬くなければ、だが。
「キャイン!」
サイクロプスが、煩わしげに振った手に当たり【ドゥクス】は地面に叩きつけられる。
その手足はあらぬ方向に折れ曲がり、もはや戦闘を継続することは不可能であった。
止めを刺すべくサイクロプスが、倒れている【ドゥクス】に棍棒を振り下ろす。
そのとき、硬質な音が響き渡る。
ゴーレムの【アグリゴラ】が棍棒に体当たりをしてわずかに軌道を変えたのだ。
だが、その代償は大きく、ゴーレムの左半身が大きく砕け散ってしまう。
グリフォンの【アウラ】が宙を駆け、その単眼を狙うが、サイクロプスの咆哮で吹き飛ばされる。
「いけえええええ!」
村の魔物の中では最も大きいトロルの【クロ助】であるが、それでもせいぜい三メートルほど。
五十メートルクラスのサイクロプスには到底及ばない。
故に、身体よりも大きな鋼鉄製の槍をサイクロプスの単眼目がけて投げつける。
これには、さすがのサイクロプスも身をよじって回避行動を取る。
巨人のバランスが崩れたところで、村の最高戦力でもあるオルトロスの【ジェミニ】が渾身の力で頸動脈を切りつける。
瞬間、真っ赤な血が飛び散るも、期待したほどの量ではない。
「これだけやって、薄皮一枚だと……」
村長は、あまりにも強大すぎる敵に絶望感を抱く。
ついには、クロ助やジェミニもサイクロプスに薙ぎ払われて、戦闘続行は不可能となってしまう。
「もはやこれまでか……。【ネルラス】これとララノアや女たちを連れて逃げてくれ」
村長はもはや勝ち目はないものと判断し【統御の王冠】を傍らに控えていた女性に手渡す。
「隊長、それは出来ません。副官として最後まで私も……」
「アイツらの目的はこの冠だ。これだけは何としてでも守り抜かなければならない」
「それは理解しています。どうしてもというなら、誰か別の者にでも……」
「ダメだ。君にはララノアや他の女性陣を纏めて撤退してもらう役目がある。どうなるか分からないが、辺境伯代理を頼れ」
「ですが、代理は……」
「ああ、我々にとって敵の可能性が高い。だが、それでも今ここで死ぬよりはマシだ。場合によっては、あの商人を頼ることも許可する。護衛たちもかなりの腕前だと見えるし、本人もずいぶんとお人好しそうだから、窮状を話せば何とかしてくれるかも知れん」
偽悪的な狐の商人を思い浮かべて、村長は思わず笑みを漏らす。
こんな辺境の地の村人と、まともに取引きをしようなどと、よっぽど良心的な商人以外ありえない。
そして、本人が聞けば羞恥心で身悶えするようなことを言ってのけるのだった。
「隊長……」
「これ以上の問答は無用。ネルラス、頼む」
そんな言葉をかけられた、ネルラスと呼ばれた女性はうつむきながら静かに首肯する。
「…………了解しました。ご武運を」
「ああ」
こうして、村人たちは二分されることとなる。
死地に赴く者たちと、使命のために逃げる者たちに。
一方、馬車の周りで守りを固めていた【
そんな中、誰よりも早く現状を把握したアトモスがひとつの決断を下す。
「グルック、あんな化け物が出てくるとは予想外だ。ここは我々が時間を稼ぐ、早く逃げてくれ」
撤退の提案だ。
自分たちの判断が甘かったために、護衛対象を危険な目にあわせてしまったことは、避難されることだ。
それでも、依頼主だけは何があっても逃さなければならないと決意する。
「いや、もう終わりだ」
だが、グルックはゆっくりと首を左右に振って、その提案に従うことはなかった。
「何を言う!我々では力及ばずとはいえど、お前たちを逃がすくらいは出来る!さあ、早く!」
再三にわたって退避を促すアトモスであったが、グルックは頑なにそれに従おうとはしない。
その様子は、まるですべてを諦めたかのようにも見えた。
再びアトモスが退避を促すが、グルックはその身体を押しのけて、未だに戦いが続く戦場を見つめながら、ポツリと呟く。
「もう、全部終わっちまったんだよ……」
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