第132話 決心
「ダメ!もうやめて!」
見張り台では、突然現れた巨人の蹂躙劇に、ララノアがあらん限りの声を上げていた。
どんなに叫んでも、巨人が暴れるのを止めてくれるはずもないのだが。
自分の無力さを痛感し、故郷が、知り合いが次々と傷ついていくありさまを前に、涙を流しながら叫ぶこと。
それだけが彼女にできることの全てだった。
「どうして……どうしてこんなことをするんだああああ!」
今にも落ちそうなくらい、見張り台から身を乗り出し、声を枯らしながらも叫び続ける少女。
スパーダたちは、そんな少女に何と声をかけていいのか分からなかった。
「兄貴……」
「うん……」
そんな少女の姿を、アルフォンスはじっと見つめる。
少年は今、グルックから教えられた世間の常識と、自分自身の本心との間で苦悩していた。
何とか目の前の少女の力になりたい。
だが、どちらに分があるのか分からない、こんな状況で軽々しく動くことで、後々、ララノアたちに迷惑はかからないだろうか。
戦況は明らかに村の方が劣勢だ。
ララノアが誇りと言っていた麦畑は、魔物たちに踏み荒されて無惨な姿を晒している。
いったいどうすれば……。
そんな忸怩たる思いのアルフォンスの脳裏に、敬愛すべき祖父の言葉が蘇る。
―――考えるな感じろ。
何を一番にするべきか。
その結果への覚悟さえあるのなら、あとは自分の心に従え。
「ワシは昔から考えなしでな。昔からそれで失敗ばかりしとった。だがな、そんなある日、大きな失敗をして落ち込んでいたワシに、エリザが優しく声をかけてくれたんじゃ」
「ばあちゃんが?」
「ああ、『計算高い【勇者】なんていません。私は、誰よりも優しく向こう見ずな、そんなあなただから好きになったんです。難しいことは私たちが何とかします。だからあなたはお心のままに』ってな。そのおかげで、ワシは吹っ切れたのじゃよ
「じいちゃん、愛されてるねぇ」
「愛なんて難しい言葉、よく知っとったのう」
「えへへっ。まあね」
「まぁ、それは置いといて。じゃからな、お前がもしもワシのような生き方を望むのなら、己が心に従って生きれば良いのじゃぞ……っと、おい、エリザ。何じゃその凶悪な
少年はこんな状況にあって、かつて祖父とそんなやり取りをしたことを思い出す。
あの後、じいちゃんは夜更けまで村中を逃げ回っていたっけ……。
緊迫した状況にふさわしくないほど唐突に、クスッと小さく笑ったアルフォンス。
「あの……アルフォンスさま。それはさすがに不謹慎では……」
アルフォンスの様子を見たキャロルがそう苦言を呈する。
「あっ、ごめん。ちょっと昔のことを思い出してた」
素直に自らの落ち度を謝罪する少年。
だが、その笑いで吹っ切れた少年にもう迷いはない。
少年が視線を上げた先には、戦闘不能となったトロルやオルトロスたちに、今まさにサイクロプスの棍棒が振り下ろされようとしているところだった。
「危ない!クロ助!ジェミニ!逃げてえええええ!」
涙ながらにそう叫ぶ少女の頭に、少年はそっと手を乗せる。
―――後は任せろ。
「えっ?」
慌てて振り返った少女の前で、黒髪の少年は見張り台から空に飛び出す。
「ええっ!」
少女が驚愕する声を背に、少年は空を駆ける。
何もないはずの空間を蹴って、流星のごとく巨人のもとへと向かう。
この速度に追いつけるのは、少年とともに空に躍り出た漆黒の子狼のみ。
空を駆けて少年が戦場に現れた。
その信じがたい光景に、敵味方問わずに言葉を失う。
そのとき、戦場の音が消えた。
――三千世界、我が刃届かぬものなし。
やがて、刹那の時を経て、少年と巨人が交錯する。
――【天地万物一閃】
そして、大地に降り立った少年は、いつの間にか手にしていた刀を鞘に収める。
それは天下の名工【聖鍛】バザルトが鍛えし一振り。
【人斬り包丁】とも呼ばれ、斬ることに特化したその武器は、かの【聖剣】をも超える性能を持つ。
その技は【剣聖】レオンハルトとも伍する【
―――チンッ。
静まり返った戦場に、甲高い鍔鳴りの音だけが響き渡る。
すると、サイクロプスの首に一筋の赤い線が入る。
ズ……ズズ…ズ。
やがて、巨人の大きな頭は、その線に沿ってずり落ちる。
「へっ?」
その間抜けな声は、いったい誰が発したものであろうか。
だが、その場の全員が同じ気持ちだったに違いない。
何があった?
アルフォンスの背後に、切り落とされた巨人の頭が轟音とともに落ちる。
その表情はポカンとしており、一瞬のことに状況を理解しないままで、巨人が事切れたことを示していた。
一方で、頭を失った巨人の身体は、そのまま前のめりに倒れていく。
そこには、魔物たちに踏みにじられながらも、未だに生きようとしている麦の畑が広がっていた。
そこに巨人の身体が倒れようものならば、さすがにここまで耐えてきた麦も全滅の憂き目に会うことは十分に予想がつく。
――――が。
「ショコラ!」
「ガウッ!」
少年がそう呼びかけると、子狼がそれに応じて、倒れ来る巨人の身体を真下から蹴り上げた。
グシャリと、何かが潰れるような音とともに、巨人の身体がそれまでとは逆、すなわち真後ろに倒れていく。
高く舞い上がる砂埃とともに、大地が大きく揺れた。
やがて砂埃が晴れると、衆人は巨人の身体が仰向けで荒野に転がっているのを目にすることになる。
そして、地面に転がっていた巨人の頭に目も眩むばかりの雷が降り注ぎ、あっという間に消し炭と化す。
「…………まだやるか?」
落雷の余波でパチッパチッと放電が続く戦場を背に、アルフォンスがローブ姿の男たちにそう尋ねる。
その瞳には鋭い殺気を湛えながら。
「ひっ、ひいいいいいいいい!」
「バッ、化け物だ!」
「逃げろ!殺されるぞ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「……………………うぎゃぁぁぁぁぁ!」
そんな情けない声を発しながら、へたり込んでいた男たちは、這々の体で立ち上がると、一目散に荒野へと逃げていく。
一部の男たちが立ち上がった際に、地面が濡れていたのだが、その理由については誰も知らない。
アルフォンスがサイクロプスを一蹴した姿を見ても、【
ああ、やっぱりあの力はサイクロプスにも通用したかぁ程度のことだったりする。
それは完全に、常識的な思考から外れてきているのだが、彼ら自身もよく理解していない。
「だから言ったろ、もう終わりだって。アイツらはやり方を間違えたんだ。せいぜい人間同士の争いに終始していれば、何ら問題はなかったのに。あんな化け物を出してきたら
そう解説するグルックに、アトモスは呆れたように告げる。
「なんだかんだ言って、一番アルフォンス少年のことを理解しているのは主殿だな」
「ケッ、んなワケあるかよ。単にアイツが単純過ぎて、分かりやすいだけだ」
「フフフ、そういうことにしておこうか」
アトモスの軽口に、心底嫌そうな顔をしたグルックは、そんな憎まれ口を叩くのであった。
ローブ姿の男たちは逃走し、襲ってきた魔物たちも殲滅された。
この場に残っている敵に、もはや生きているものはいない。
やがて、現状を理解した村人たちから、生き残れた幸運に歓声が上がる。
少年がひとりでやったという感も強いものの、こうして、結果的には防衛成功という形でレナス村の戦いは終了するのであった。
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