第118話 風習
「ウチの村って、すごい立派な麦畑があるんだよ」
「へえ〜、僕が育った村には麦畑は無かったから、楽しみだなぁ」
「アルの村ってどこにあるの?」
「ここから、もっと北」
「北……って言えば、大森林って魔境があるとか……」
「そう、そこ」
「ええっ!?大森林に村があるの!?誰も生きていけない魔境だって教えられていたんだけど……」
「確かに、住んでいる人たちは強烈な人が多かったけど、みんな優しかったよ」
「そんなんだ。世界って広いね」
「そうだね。僕も今回初めて村を出て、王都まで行くんだけど、すごく楽しみなんだ」
「いいなぁ、ボクなんて他の村に行くことだって許されてないのに……」
「それは、すごく大事にされてるってことなんじゃない?」
「そうなのかなぁ」
「きっとそうだよ。いつか村を出てもいいって許可が出たら一緒に旅をしようよ」
「ホントに?」
「ああ、ホントに」
そう言ってアルフォンスは、小指を立てた拳を自分の左胸に当てる。
これは王国に伝わる約束の仕草。
生命の源である心臓に誓う、つまり『命にかけて守る』という意味を持つ。
「なんだいそれ?」
「えっ?約束をするときのやり方だけど?」
「ホントに?」
「……うん」
ララノアにそう尋ねられたアルフォンスであったが、なにぶん自分も常識がないのを理解しているので、不安になってスパーダに視線を送る。
「ウチの村でもそうだったぜ。なぁ?」
「そうだよ。うそつくとしんぞうを取られちゃうんだから」
そこに続いたアリスの言葉に、思わずララノアがヒイッっと息を呑む。
ここは、馬車の二階。
アルフォンスの魔改造によって大きくなった馬車は、子どもたちが全員乗ってもまだまだ余裕が
残っていた。
今日は珍しくアルフォンスも馬車に乗っているのだが、これは右も左も分からないララノアを気づかってのことだった。
そんなララノアは今、聞いたこともない風習を目の当たりにして戦慄していた。
「そっ、それは、たまたまなにかの理由があって、約束が守れなかったとしても死ななきゃいけないのかな?」
青い顔をして震えているララノアを、周囲の子どもたちは暖かい笑顔で見守る。
「それは、あくまでも言葉の綾。要するに、それだけ真剣に約束を守るつもりですってことね」
すると、キャロルがララノアの思い違いを優しく訂正する。
「良かった。約束を破って死ぬ人はいないんだな」
「ララちゃん、かわいい」
ホッとするララノアの姿を見たキャロルが、思わず彼女を抱きしめる。
「こんな妹が欲しいです」
そしてつい、そんな言葉を漏らしてしまうのであった。
馬車の中はほっこりとした雰囲気になる。
「あざとい……あざといニャ」
………ひとり、半目で見つめる猫獣人を除いて。
そして、一同は目的の村にたどり着く。
「見て、あれがボクの住む【レナス村】だよ!」
ララノアが馬車の二階から身を乗り出して、アルフォンスたちへ自慢気に指をさす。
そこには、見渡す限り一面の麦畑の中に佇む小さな村があった。
風が吹けば、太陽の光を受けて金色に輝く麦が、さわさわと波打つ。
それはまるで、金色の大海のようであった。
そして、そんな麦の海にポツンと存在する村は、海原に浮かぶ一艘の船のようにも見えるのであった。
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