第105話 憧憬

「おおっ、今日も美味そうだ」

「いやぁ、温かいだけでもありがてえのに、こんなに美味そうな料理が並ぶなんてな」

「正直、ウチの実家で食べてた料理よりも美味いンスよね……。」

「役得役得」

「感謝感謝」


 夕食の準備が終わったところに、設営を終えた【漆黒の奇蹟ミラキュラス ニグリ】の面々がやってくる。


 荒野には不釣り合いなテーブルとイス。


 そこに並べられた料理は、王都の一流レストランにも負けないほどの豪華な料理たちであった。


「本当はもっと本腰を入れて作りたいんですけど……」


 そうこぼすアルフォンスは、まだまだ料理の出来に満足していなかった。


「肉も熟成させればもっといい味が出ますし、品揃えも不満なんですよね……」


 馬車の魔改造ひとつとってもそうだが、アルフォンスはやたらとこだわる性格である。

 職人気質と言えば聞こえがいいが、ようは変に凝り性なだけである。


「これだけあれば十分だと思うけどな……」 


 スパーダのひとことが、周囲の気持ちを代弁していた。


「おやおや、今回もすごい料理だね。グルック、やはり食事代は別に払うべきだと思うけどね」

「……考えとく」


 忌々しそうにそう答えるグルック。

 彼もまた、野営で食べられるアルフォンスの料理のありがたさは痛感してるのであった。


 だが、それを素直に認められないのが、彼のひねくれた性格であった。


「ケッ、しかしよぉ、ちょっと獲物を狩る実力があって。ちょっと次元収納に食材や香辛料がたくさん入っていて、ちょっとそれを使いこなす料理技術があるくらいでいい気になるなよ」

「会頭〜、それはいい気になっても仕方ないと思います」

「なっ!?ギル、お前は裏切るのか?」

「ホントに大人気ないよね、君は」

「ぐぬぬぬぬ、フランシス、お前もかよ」


 憎まれ口を叩きながらも、ちゃんとイスに座るグルックを、周囲の者たちは生暖かい目で見つめていた。


「何だよ、お前ら!」


 そんな緩やかな雰囲気を感じ取ったグルックは、ひとり慌てるのであった。


「何でもいいから早くしてニャ。もう、お腹がペコペコニャン」

「ガウッ!」


 するとそこに割り込んでくるのは、チェシャと子狼であった。


 いいから早く食わせろ。


 特にチェシャは、つまみ食いを出来ずにいたために、もう我慢の限界であった。


「そもそも、子狼まものですら我慢してたんだぜ……」

「さっきまでふたりとも戦っていたのに……」

「なかよしさんだね」


 そんなスパーダたちの呆れた言葉も耳に入らないチェシャは、器を持って大騒ぎである。

 子狼もまた、射殺さんばかりの目でグルックを睨んでいた。


 食事が始まらない原因は誰かを理解しているようだった。



「ハハハ、それじゃ、取り分けますね」


 アルフォンスがそう告げると、どこからともなく歓声が上がるのであった。


「うめええええええ!アル、最っっっ高!」


 ギルの叫び声が響き渡る。


 アルフォンスの料理に舌鼓を打つ一同。

 全員の表情が美味しさを物語っていた。


「犬ころ、アタシの肉を持っていくなニャ!」

「ガウッ!」

「や〜め〜ろ〜ニャ〜!」


 一部、醜い争いをしている者たちもいるが……。



 そんな和気あいあいとした食事の場で、スパーダが思いつめた表情で何かを考えている。


 魔術や剣術ばかりでなく、豊かな知識や鍛冶、果てには料理の腕前も超一流。

 そんな少年が、自分と同年代。


 圧倒的なその差に落ち込みそうになる。



 だが、スパーダは憧れてしまったのだ。


 圧倒的な力を持ちながらも、他者に愛情を持って接することができる人格者に。


 そして、自分もまたそんな人物に、少しでも近づきたいとの衝動が抑えられなくなったのだった。



 やがて、スパーダは何かを決心したようにひとつうなずくと、アルフォンスに向かって告げる。

 


「兄貴、お願いがある!どうか俺にも戦い方を教えてくれ」



 そう言ったスパーダは、真剣な目で真っ直ぐにアルフォンスを見つめている。

 

 一瞬、右目の魔眼に、自分が剣を握ったまま前のめりに倒れる映像が見えたような気もしたが、何かの間違いだと深く考えないことにする。


「おい……」

「ああ、この流れは……」

「いやぁ、ウチらの時を思い出すッスねぇ」

「これは、地獄行きコース」

「これは、奈落行きコース」

 

 一方で、その言葉の意味と、アルフォンスが了承した場合にどうなるかをよく理解している【漆黒の奇蹟ミラキュラス ニグリ】の面々は、思わず天を仰ぐ。


 ―――その少年の訓練は生易しくないんだよ!


 だが、【漆黒の奇蹟ミラキュラス ニグリ】の一同の心の声はスパーダには届かない。


「その意気や良し。一緒に頑張ろう!」


 そしてアルフォンスは、満面の笑みでこれを受け入れるのであった。



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