第106話 始動
結局、スパーダだけでなく、キャロルやアリス、チェシャまでもがアルフォンスに教えを請うことになった。
元奴隷の4人は、無機質な奴隷商人の馬車の中で自らの無力さを痛感していたため、他者を守るために戦い方を覚えたいと願うことは当然とも言えた。
そしてアルフォンスは、そんな4人をまとめて面倒を見ることを受け入れたのであった。
いったん何かを教えると決めたら、アルフォンスが鬼に豹変することは【
だが、残念なことにスパーダたちは知らなかったのだ。
まさか、あんなに温厚なアルフォンスが、こと教える側になると、こんなに厳しくなるとは思ってもみなかったのだ。
彼らは後に、心からこのときの決断を悔やむことになるのだが、今はまだ知らない。
アルフォンスは、中途半端に技術を身につけることがいかに危険であるかを知っている。
己の力を過信して格上に挑む。
技術に溺れ大きな油断を招く。
それは、かつて自分が歩んできた道だったからだ。
ひとつのミスが死を招く戦場での、これらの過信や油断はアルフォンスをしても死を覚悟させたほどであった。
すぐ近くでその様子を見ていたのが、【十聖】の面々でなければ、アルフォンスは今ここにはいなかったであろう。
ゆえにアルフォンスは、自分が教える以上は甘えなど一切許さない。
アルフォンスが訓練の鬼と化す理由であった。
スパーダたちを村に送り届けさえすれば、おそらくそこで別れることになるだろう。
つまり、彼らに教えられる時間はそれほど多くはない。
ゆえにアルフォンスは、基本を徹底的に叩き込むつもりでいた。
それは、スパーダたちがいずれ良き師に出会ったときに、より成長できるようにと。
【十聖】の教えを、ほぼ会得しているアルフォンスを越えるような師など、世の中は広いとはいえ、そうそういるはずがないのだが、まだまだ自分を未熟者だと思い込んでいる本人だけが、その事実に気づいていない。
そうしてアルフォンスは、4人の適正に応じて何をするべきか伝えていく。
まず、アルフォンスが、スパーダに教えるのは『剣術』
スパーダ本人が剣を使うことを望んでおり、アルフォンスも適正もあると判断したからだ。
技術を磨き、【予知の魔眼】をも使いこなせるようになれば、超一流の剣士になることも夢ではないだろう。
そこでアルフォンスは、自身が以前に手習いとして打った剣をスパーダに渡す。
アルフォンス自身は、そこまで重要なこととは考えていないが、スパーダに与えた剣は『不壊』アダマンタイトと『神銀』ミスリルの合金製。
鋭い切れ味と魔力との高い親和性を兼ね備えた一種の『魔剣』である。
「兄貴、こんなすごい剣、オレは初めて見たぞ」
「へへっ、ありがとう。僕が昔、親方の剣を真似て打ってみたやつなんだ。ちょっとバランスが気に入らないんだけど、そこは許してね」
「兄貴、剣も打つのかよ……」
スパーダはもう何度目になるか分からないが、アルフォンスの規格外っぷりを再確認する。
「とにかく、この剣をあげるから、ひたすら素振りを続けること」
「えっ?こんなすごい剣をもらえるのかよ?」
「練習で作ったものだから気にしないで。キャロルたちにもあげるつもりだし」
「えっ?」
「ニャ?アタシにもかニャ?」
「うん」
「お兄ちゃん、アリスにも?」
「あげるよ。アリスは剣じゃなくて杖だけどね」
「わ~い!やったあ~!」
一見して高価そうな武器を、あっさりと譲り渡すアルフォンスには、開いた口が塞がらない4人であった。
「とりあえず、スパーダはひたすら素振りね」
「なんとなく分かってたけど、何か物足りないな……」
「はははっ、時間がないから仕方ないよ。いつかいい師匠についた時にすごく伸びるように、基本を徹底するからね」
「えっ?兄貴はもう教えてくれないのかよ」
「僕が王立学院を卒業して、また会ったときに、師匠がいなかったら続きは教えるけど、世の中には僕以上に優秀な人はいっぱいいるからね」
「いやいや、そんなにはいないと思うけどなぁ……」
アルフォンスの言葉に、スパーダは若干納得がいかない。
そんなつぶやきなど耳に入らないアルフォンスは、腰から愛用の剣を引き抜くと正眼の構えを取る。
「少なくともこれくらいは出来るようにね」
そう告げたアルフォンスは、手にした剣を頭の上からまっすぐに振り下ろす。
それは、清流が川上から流れるように、緑風が林の中を通り抜けるように、さも当然のように、淀みなく自然に振り下ろされる。
その一閃を見たスパーダは、もはや語る言葉を持たない。
「……………。」
アルフォンスは、スパーダに振り返ると優しく微笑む。
「どうだった?」
事もなげにそう話すアルフォンスであったが、その一振りは、剣を志す者の境地に達していた。
それはかの【剣聖】レオンハルト・フォン・エーギルをして「最も理想的な剣筋」とまで言わしめたものだ。
まだ、剣の道に足を踏み入れたばかりのスパーダですら、その振り下ろしの美しさが分かる。
それくらい他者と隔絶した剣筋であった。
だが、自分のことをよく理解していないアルフォンスは事も無げに言いきる。
「
それを聞いたスパーダは、内心叫びたい気持ちでいっぱいだ。
(兄貴、「少なくとも」じゃねーよ!それは達人の素振りじゃねーか!それくらい素人のオレでも分かるよ!)
アルフォンスの無茶苦茶な要求に慌てるスパーダ。
「あっ、兄貴、そのレベルって……ちょっと難しくないかな?」
「僕でも出来たんだから大丈夫。さあ、やるよ」
そうあっさり返すアルフォンス。
(そこは「僕でも」じゃなくて「僕だから」だからね!早く気づいてー!)
スパーダの心の叫びは誰にも知られることはない。
そうして、アルフォンスの容赦のないダメ出しにスパーダが涙目になりながら、延々と素振りする時間が始まるのであった。
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