閑話 「ペットを飼おう」終

「餌をあげてると、スラちゃんはいろんな色に変わるんだよ。最初は青色だったのが、赤くなったり、緑になったりしたんだ。そして、今はこんなにキラキラしてるの」

「あぁ……………………そうか……そうか……。やっちゃったんじゃのう……」


 オイゲンは遠い目をして、アルフォンスの言葉を受け入れる。


 そして、そんなふたりの会話を聞いたオイゲンとフィオーレ以外の者たちは、ようやくことがおかしな方向に進んでいることに気づく。


「トカゲを餌にじゃと?」

「パン屑やないのかい?」

「あらあら、それは大変ねぇ」


 伝承により、スライムは最弱であるがために、もう進化はしないとされていた。

 魔物が進化するために必要な、上位種を捕食することが出来ないからだ。


 仮に上位種の躯を食す幸運に恵まれたとしても、他の魔物に食いつくされて、魔力が抜けてしまったような残滓であれば進化はおぼつかない。


 それゆえに、スライムはいつまでも最弱のままだと思われて来た。


 だが、ここにその定説を覆す存在がいたのだった。

 大森林で狩ったドラゴン等の上位種の魔物を、のスライムに餌として与えていた者が。


「いったい、いくらの金が飛ぶんや……」


 アルフォンスの言うトカゲ―――ドラゴンを餌にするとなれば、一回の食事で少なくとも金貨100枚以上の経済的な損失が発生する。


 魔物が豊富に跋扈する大森林の環境と、そこで獲物を狩れるだけの実力者がいたことが為せる結果であろう。


 かつて王都の学者たちは、進化の仮説としてスライムに上位種の魔物を与える実験を行ったことがあった。

 だが、莫大な資金が必要とされ、あっけなく頓挫した経緯があった。


「まさか、あの実験がここで成就しようとは……」


 当時、王としてその実験の行く末を見ていたオイゲンは、この現状が信じられなかった。


「アルの言葉を信じるなら、色が変わる度に進化していたと考えられる」

「なら、今はどれだけの階位レベルにいるのやら……」


 フィオーレとトマスが顔を見合わせる。


(やはり、この場で処理しなければならないか……)


 オイゲンが自らの「責任」を果たすために、スライムを討伐する意思を固める。

 その場合のアルフォンスの悲しみは、いかがなものであろうか。

 オイゲンは奥歯を噛みしめ、血がにじむほどに拳を握りしめていた。


 その雰囲気を敏感に感じ取ったアルフォンスは、祖父の視界からスライムを隠すように、懐で力強く抱きしめる。


「スラちゃんは、悪いことしないって言ってるよ。僕の話だってちゃんと聞いてくれるし」


 アルフォンスが懇願するような目で、必死に訴える。

 その手は、スライムを失うかもしれない恐怖で震えている。


「アルや……」


 オイゲンが、苦渋に満ちた顔で結論を告げようとするのを、突然フィオーレが制止する。


「ちょっと待って。アル、あなたはそのスライムの気持ちが分かるの?」

「分かるよ。今日は今までよりももっと分かる。スラちゃんは、怖くて震えてるよ。悪い魔物じゃないんだって言ってる」


 そう答えるアルフォンス。

 だが、オイゲンはその言葉を信じられなかった。

 魔物と意思疎通が出来る者など、そうそういるはずがないと知っていたからだった。


 だが、そんな考えを翻意させたのはフィオーレであった。


「オイゲン、アルを信じよう」

「バカな!何を言っておる!危険な魔物は……」

「危険かそうじゃないかではなく、を信じよう」

「何じゃと?」

「考えてみて。アルがの縁者なら可能性はある」


 その言葉にオイゲンは、とある少女の姿を思い浮かべる、


「まさか……」

「可能性はある。さっきの光も私は以前に見たことがある」


 それは、アルフォンスとスライムを包んだ光のことだった。


「あれは悪い光じゃなかった」

「じゃが……」

「少なくとも村には私たちがいる。仮にこのスライムが暴走しても、まだ止められる」

「うむぅ……」


 アルフォンスへの愛情と「責任」の間に挟まれたオイゲンは、結論を出せずにいる。

 そこにアルフォンスが意を決して発言する。


「じいちゃん、僕はまだ力がないけど、もしもこのスラちゃんが、村の人に悪いことをするようなら、僕が命をかけて討伐するよ」

「アル……」

「何なら、村の人みんなにお願いして回ってもいい。それでも迷惑をかけちゃったら、一生をかけて償う」

「どうしてそこまでやるのじゃ」

「この子は僕が助けたから。『一度、助けたなら最後まで面倒を見るのは当然』じいちゃんが血のつながっていない僕に教えてくれた言葉だよ」

「アル……」


 その言葉を聞いて、オイゲンの涙腺は緩みまくる。


「それなら、じいちゃんに育てられた僕も、その信念を通したい。だから、この子を最後まで面倒を見たいんだ。それが僕の『責任』だから」


 アルフォンスの言葉に、オイゲンはもはや反論することができなかった。

 自分の信念を継いでくれる小さな存在が、真剣な目でそう語ったのだから。

 男泣きして言葉にならないオイゲンを見かねて、エリザベートが結論を出す。


「あらあら、あなたはいつまでたっても泣き虫さんね。孫にここまで言われては返す言葉もありませんね」


 他の面々は苦笑を浮かべて、オイゲンが背中を丸めて泣く姿を見守っている。


「それじゃ。ここで飼うことを認めます」

「ばあちゃん!」

「それにね、あなたを育てたのは私たちなんですからね。あなたの『責任』は私たちも背負います。もしもその子が村の人に迷惑をかけたら、私たちも一緒に償いますからね。だから思いつめないようにね」


 その言葉に、みるみるうちにアルフォンスの目にも涙があふれる。


「あらあら、またふたりで泣いてるわ。ほんとうに似た者どうしなんだから」


 エリザベートがため息をつきながら、そうこぼすと、とたんに周囲からあたたかい笑いが沸き起こる。


「えぐっ…。何だよぉ、みんな笑うなよぉ」


 アルフォンスが精いっぱい強がるが、周囲の可愛らしいものを見る眼差しは変わらなかった。



 こうして、一匹のスライムがアルフォンスのペットとなることを認められたのであった。






 そして時は流れる。


「今、戻りました」

「レオか。どうじゃった?【ワイバーン】の群れだと聞いたが」

無駄足でした」


 村にワイバーンの群れが迫っていると聞き、迎撃に出向いた【剣聖】レオンハルトであったが肩透かしをくらって戻ってきた。

 だが、その様子はすこぶる上機嫌であった。


「またか。いやはや、さすがとしか言えんな」

「ありがたいものです。あれほどの味方にはなかなか出会えませんぞ」

「フフフッ、いくら感謝しても足りんな」

「確かに」

「太陽光さえあれば、食事や睡眠すら不要。しかも、ワイバーンの群れ程度であれば労せずに殲滅できる存在か」

「まさか、こんなに頼りになるとは、思いませんでしたな」

「この間など、酒場の夫婦がお供えまでしてたぞ」

「ハハハ、いよいよ神がかってきましたな」 

「まさに守り神様じゃな」


 ふたりは、村を守ってくれた存在の姿を思い浮かべて高笑いするのであった。 


 ひとしきり笑いあったあと、そういえばとオイゲンが気になる話を切り出す。


「バルが気になることを言っとったのう。鳥の動きがおかしい、とか……」

「鳥、というのは【災殃の鳥】のことでしょうか?」

「それも含めて、空の魔物全てのようじゃな。どうやら何かを探してるようだと」

「先日もハーピーが南に飛んでいきましたな」

「うぬ。今回のワイバーンもそれに関係するとは思わんか?」

「なるほど……。後でマリアやトマスにも聞いてみましょうか」

「それがいいかも知れんの。やれやれ、大森林はいつになったら落ち着くのやら……」


 オイゲンはそう言って、小さくため息を漏らす。


 未だに、主の定まらないゼルトザーム大森林は、まだまだ平穏まではほど遠いのであった。








 名もなき村を見下ろせる高台にはいた。


 空を埋め尽くすほどのワイバーンの群れを、自らの身を無数の硫酸弾に変えて撃ち落とすと、一匹残らず捕食していく。


 ワイバーンたちの断末魔の叫びなど一顧にすることなどない。


 それの目的はただひとつ。

 敬愛する主からの【お願い】を叶えることのみ。


 数多の進化を経て、自我を得た彼あるいは彼女は、自らを『スライム』と名付けてくれた黒髪の少年の言葉を思い出す。


 ―――今度、僕は王都に行くんだ。

 ―――残念だけど、そこには君を連れていけないんだよ。


 ―――でも、きっと帰ってくるよ。

 

 ―――それで、ひとつだけお願いしてもいい?


 ―――じいちゃんや師匠たちはともかく、村には戦えない人もいっぱいいるんだ。


 ―――だからお願い、みんなを守って。




 その言葉を愚直に守るために、今日もまた一匹の【究極ウルティムムスライム】は、大森林を見つめ続けるのであった。

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