閑話 「ペットを飼おう」5

 かつてこの世界には超高度文明が存在した。


 魔力を用いた魔術と、あらゆる理を解き明かした科学が高い水準で融合し、今日では想像もできないほどの豊かな暮らしがそこにはあった。


 そんな時代を終わらせたのは、とある実験によって生み出された一匹のスライムであった。


 【物理攻撃無効】【魔術攻撃無効】という特性を持ち、太陽光さえあれば食事の必要性もなく、ほぼ無限に分裂することができた。

 

 錬金術師が戯れに生み出した存在が、人の敵となり、ひとつの歴史を終わらせたのであった。


 【始原プリミティブスライム】と呼ばれた存在が、本能の赴くままにあらゆるものを喰らいつくす。


 そして幾多の時を経て、あらゆるものを取り込んだ【始原プリミティブスライム】が自然に還り、神の御手によって新たに生まれた人類が文明と呼ばれるものを再び築き上げたのだった。


 そして神は、新たな人の世において、先史文明の悲劇を二度と繰り返させないために、スライムに一つの制約を与える。


 ―――常に最弱であり続けること。


 最弱ゆえに成長はなく、進化も起らない。


 これが過去に、世を滅ぼしたスライムに対する厳しい枷なのだと、唯一神を崇めるとある宗教には、まことしやかに伝わっていた。


 ゆえにオイゲンは、世の中のスライムは等しく弱いのだと思いこんでいた。


 だが、今アルフォンスが抱えている存在は何だ?


 この場にいる面々で、戦えるのは自分と……。


 そう考えたオイゲンは、フィオーレを振り返ると彼女も青ざめた顔で、金色のスライムを見つめていた。


「どう思う……?」

「明らかに進化している。しかも、かなり高位の存在になっている」

「ワシとふたりで勝てるか?」

「今なら……。それでもギリギリかも」

「うむぅ。どうすれば……」

「それよりも、まずは、どうしてこんなことになったのか聞かないと。元からいた存在なのか、それとも……」

「そっ、そうじゃな」


 和気あいあいとしているアルフォンスたちをそっちのけで、コソコソと話し合うふたり。

 元からいたスライムなら、大森林でありえないことが起きていたことになるし、アルフォンスが何かしたならば、「責任」を取る必要があると考えたのであった。


 そこでオイゲンは、ひきつる顔を無理やり笑顔にして、何でもないかのように問いかける。


「アルや、聞いていなかったが、そ、そのスライムはどうしたのじゃ?」

「スラちゃんはね、森にいて震えていたんだ。こうプルプルプルプルって」

「最弱の生物じゃからな」 

「だから僕が助けてあげたの。他の魔物が来ない場所に隠して、餌もあげたんだよ」

「……………………餌?」

「うん、鳥とかトカゲとか」 

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」


 静かな森に、オイゲンとフィオーレの叫び声が響き渡ったのであった。

  



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