閑話 「ペットを飼おう」2

 アルフォンスは倉庫を飛び出すと、ペットとともに大森林にある小高い丘に登り、眼下に広がる景色を眺めていた。


 その丘からは一面の大森林が見渡せ、自分がちょっと大きくなったような気になるため、アルフォンスにとってはお気に入りの場所だった。


 もちろん、この場所に来るのにも危険が伴うが、既に森の中層あたりの魔物ならば簡単に討伐できる今のアルフォンスにとっては、大森林の入口の魔獣などはものの数にも及ばない。


「ゴメンね、君を守ってあげられなくて……」


 アルフォンスが抱えているペットを撫でながらそう謝罪すると、まるで言葉を理解しているのかのように身じろぎして反応する。


 


「なんで……なんで……なんで……」


 アルフォンスは奇しくも、彼の祖父と同様にどうすれば良かったのかを自問自答しているところであった。


「シシシシ……。やっぱりここじゃったか」

「トム爺……」

 

 悩める少年のもとに現れたのは【狩聖しゅせい】トマス。

【始王の十聖】の中でも、一二を争う不良老人であった。


「カカカッ、お前は嫌なことがあると、すぐにここに来てたからのう」


【狩聖】トマスは、アルフォンスのとなりにどっかりと腰を下ろすと、ガシガシとアタマをかく。

 これはトマスが困っているときの仕草だと知っているアルフォンスは、自分が原因で困らせてしまったことに自己嫌悪する。

 

「トム爺……ゴメン」

「別にワシは、何も迷惑はかけられとらん。ただ、少し話でもしようかと思っての」


 トマスはそう言ったものの、いつまでも次の言葉を発せずにただ景色を眺めていた。

 アルフォンスもそれにならって景色を眺める。


 しばらくそんな静かな時が流れる。

 そして、ゆっくりとトマスが問いかける。


「で、少しは落ち着いたか?」

「……うん」

「魔物と心を通わせる……儂らのような、魔物と見れば、すぐに切った張ったするくらいしか能のない者にとっては、とうてい信じられん話よ」

「うん」

「じゃから、オイゲンがお前さんを心配して魔物から引き離そうとしたのじゃと、儂はそう思う」 

「戦えない人たちにも迷惑をかけるって……」 

「それもひとつの理由じゃな。もう知っとるとは思うが、儂らの村はみんなあやつを慕って集まってきた者たちで構成されちょる」

「うん」

「じゃから、あやつには村の人々の安全を守る『責任』があるんじゃ」

「責任……」 

「そう、そしてあやつにはお前さんを森で見つけて育てようと決めた『責任』もある」

「僕を育てようとした……責任?」

「そうじゃよ。『責任を果たせなかった場合には、残された者の人生を背負う』って言っちょらんかったか?」

「うん、お前にそれはできないって」

「シシシシッ、そりゃあそうじゃ。まだ子供じゃからな」

「じいちゃんは、どうしてそこまで責任にこだわるのかな?」


 アルフォンスは、祖父がやたらとこだわっている『責任』について気になったので尋ねる。


「オイゲンが【勇者】として魔王領域軍と戦った話は聞いとるよな」

「うん」

「あやつはそれこそ、人類の希望じゃった。魔王領域軍に攻め入られて滅ぼされた町や村は数しれず。そして、人々はみんな勝手にあやつに期待して……失望もした」

「失望……?」

「あやつは全力で戦った。じゃが、神ではないただの人間じゃ。間に合わないこともあったり、取りこぼしたりしたこともある。そんなとき、人々は勇者を責めるのじゃ。『どうして早く来てくれなかったの』とな……」

「そんなこと勝手だよ。酷い……」

「儂に言わせりゃ、そこに至るまで何も手を打たなかった貴族どものせいなのじゃとは思うがな。とにかく、オイゲンはそんな人々の心無い中傷をあえて受け入れたのじゃ。勇者と呼ばれる自分の『責任』じゃとな……」

「どうして、そんな責任を負わなきゃいけないのさ」

「当時、王国の貴族は無能ばかりでな。自己保身に力を注ぐバカばかりじゃった。国王もしかり。みんな自分の領地だけを守ることしか考えず、魔王領域軍に反抗しようとはしなかったのじゃ。自分のところが無事なら他の地域がどうなろうと知ったことじゃない……とな」 

「そんなの……バカじゃないか!」

「そうじゃ、魔王領域軍に勝利するには、人類も組織だった抵抗をする必要があった。じゃが、それをすべき者たちがみんなバカじゃからまとまらんかったのよ。で、それを憂いたのが地方の一平民のオイゲンじゃった。あやつには幸い力があり、儂らという人脈もあった。そこで、自らを旗頭とすることで、人類をまとめることに成功したのじゃ」

「じいちゃんって凄いね」

「そうじゃな。でもなそれはあやつの苦労の日々でもあったのじゃよ。勇者の称号を受け入れたということは、人々の勝手な希望も期待も背負う『責任』が生まれたわけじゃ。そして、人々を戦争に駆り立てた『責任』もな」

「うん」

「それからじゃ、あやつが『責任』という言葉に敏感になったのは。口で言うだけならば容易い。じゃが、いったん『責任』を口にすれば、それは己を縛る【強制ギアス】と何ら変わりはない」

「『責任』をとるってことは大変なことなんだね」 

「そうさな。だからこそあやつは、お前に軽々しくその言葉を、使って欲しくなかったんじゃろうな」

「トム爺、僕が間違ってたよ」

「ならば、することは分かっとるな」

「うん、ちゃんと謝る。でも……」


 祖父に叱られたことは自分が悪かったと悟るアルフォンスであったが、抱えているペットについては諦めきれなかった。


「シシシシ、ところでな。大人には『妥協』だの『折衷案』だのという言葉があってな……」


 アルフォンスの気持ちを汲み取ったトマスは、意地の悪い顔をしながら、ひとつの提案をするのであった。

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