閑話 「ペットを飼おう」

「ダメじゃ。もとのところに返してきなさい」

「えぇっ!?」



 時はアルフォンスが名もなき村から、王都へと向かう数年ほど前。


 ことの発端は、アルフォンスが隠れて飼っていたペットが祖父に見つかったことだった。

 少年は、村の外れにある倉庫の中でこっそりとペットを飼っていたのだが、あるときにそれがバレてしまったのだった。


「アルや、お前がペットと思ってるのは魔物じゃ。まだ小さくて弱いかも知れないが、ゆくゆくはお前ばかりではなく、この村の者たちにも危害を加えるようになるかも知れん。じゃからワシはそれを認めるわけにはいかんのじゃ」

「大丈夫だよ!この子はそんなことにならないよ!」

「そうじゃな。ならないかも知れない。じゃがな『かも知れない』でみんなを危険に晒すわけにはいかないのじゃ」

「だって……だって……」

「お前だって分かっておるじゃろう。この村にはワシらのような戦える者たちばかりじゃないことを……」


 そう言われてアルフォンスは、幾人かの村人の顔を思い出す。


 酒場の店主、お菓子店のサテラおばあさん、織物屋のドーラばあちゃんも最近腰が痛いって言ってたっけ……。


 村のすべての人々から愛されているアルフォンスは、村の住人は家族のような存在だ。


 そんな人々にも危険が及ぶと聞いては、自分がワガママを言っているのだと理解できた。


 だが、まだまだ子供である。


 感情的な部分で、受け入れられない部分があったのだ。


 あるいは自分も捨て子だったために、目の前のペットの姿と自分を無意識に重ね合わせてしまい、安易に捨てるということに対して抵抗が生じてしまったのかも知れない。


 そのため、普段は聞き分けの良いアルフォンスとは思えないほど、オイゲンに食い下がるのであった。


「なら、何かあったら僕が責任を取るよ。だからお願い……ね?」

「『責任』って聞こえはいいが、それは簡単なことではないのだぞ。仮にそのペットで迷惑を被った者がいたとする。それが命に関わったりしたら?あるいは、身体に重い後遺症が残ったとしたら?お前はそれらに全て『責任』を果たせるのか?この場合の責任となれば、亡くした命を呼び戻すだの、後遺症を受けた者を一生にわたって面倒を見ることだのになるのじゃぞ」

「………………」

「『責任』とはそれほど重い言葉なのじゃよ。ゆえに、軽々と口にしてはならぬ。そして、お前が責任を取れぬ以上、ペットは置いておけぬのも分かるじゃろう?」


 敬愛する祖父の言葉を聞いて、幼いアルフォンスの黒い瞳にみるみると涙がたまっていく。


「嫌だ!この子は悪い子じゃないよ!」

「お前が言うのならそうなのじゃろう。だがの……」

「ダメなの?」

「ダメじゃ。もとのところに戻すのじゃ」

「そうしたら、この子は死んじゃうよ!」

「アルフォンス!聞き分けのないことを言うでない!」

「ううう……、じいちゃんなんか、じいちゃんなんか嫌いだあ!」

「アル!」


 そうして、アルフォンスはペットを抱えたまま倉庫を飛び出して行く。

 オイゲンは遠ざかるアルフォンスの背中に手を伸ばすが、虚しく空をきる。


「……アル」


 その場にひとり残された彼は、アルフォンスにどう話せば良かったのかと、ひたすら自問自答をくり返すのであった。



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