第94話 追懐
「国王直属の特殊な組織はあるとは聞いていたが……。まさかそれか……?」
「そう、それ。なかなか耳聡いじゃないか」
【王の瞳】それはノイモント王直属の諜報機関であり、独自の裁量権すら持つ。
巷には、そんな噂がまことしやかに流れていた。
当然、監督官もそのことを知っており、ツクヨミと名乗った者は、自分の生殺与奪の権を握っていると理解できた。
「ぐぬぅ」
「そうだ。その顔が見たかったんだよ。いやぁ、来た甲斐があったね」
絶望的な状況に、監督官は思わず唸り声が漏れてしまう。
すると、ツクヨミはその姿を見るや手を叩いて大喜びする。
ものすごく盛りあがっているツクヨミを、ややしらけた目をして見つめるアビゲイル。
エリザベートはふたりの温度差に気づき、ちょっとオロオロとしている。
そんな三人三様な状況。
「ねえ、ツクヨミ」
「なあに?」
ややあって、アビゲイルがツクヨミに尋ねる。
「アンタたちって、【
「そうだけど?」
「なのに、何でわざわざ名乗るの?しかも、【王の瞳】のことも、以前からそれとなく噂を流してるし」
「ええっ?だって、こうやって名乗って、相手が愕然とする顔を見るのって楽しくない?ざまぁって感じで」
「へっ?」
ツクヨミは、ひとりで納得しながら言葉を続ける。
「たぶん、『ミトの副将軍』も『暴れん坊な八代目』もこんな感じだったんだと思うわよ」
「ミト……?暴れん坊……?」
「あらあら、まったく分からないわ」
「
「何それ?知らないわよ」
「あらあら、ちょっと難しいかも」
「そもそも、王の瞳ってのがあるよって、前々から広めておかないと、紋章を見せても驚かないじゃない?」
「まさか、それだけのために……?」
「あらあら、嬉しそうな顔」
「それに、どうせ死ぬ相手だもん」
サラッと死刑宣告をされた監督官は、このままでは自分に先はないと理解する。
彼は、腰のポーチから信号筒を取り出すと空に向かって構える。
魔力を込めるとすぐに、赤い煙が空に打ち上がる。
「おおっ、これはまたキレイねえ」
「何を言ってるのよ」
「まあまあ、信号弾かしら?」
そんな、のんきな反応をする三人に、監督官は舌打ちをしつつ、次の手を取る。
「お前ら、互いに首を絞めあって死ねえ!」
監督官は、奴隷たちを殺し合わせることで証拠の隠滅を図ったのであった。
隷属の首輪は、奴隷たちを生かさず殺さずに維持しつつも、確実に命令はこなさせるために、自殺は出来ない仕様となっている。
だが、そこは所詮は魔道具。
いくらでも抜け道はあった。
それが、互いに殺し合うという方法だった。
身体の傷が癒えたことで、歓喜の輪に包まれていた奴隷たちであったが、その言葉を聞いて悲鳴を上げる。
首を振りながら何とか耐えようと試みるが、隷属の首輪の強制力、あるいは抵抗に対する強力な罰により、
思われた。
(奴隷さえいなければ、あとは何とでもなるはず……)
監督官のそんな期待を込めた命令であった。
――――が。
そんな思惑をアッサリと打ち砕く声が、監督官の耳に届く。
「そんなことさせるワケないでしょ。
黒いローブの女が、そう言うやいなや、奴隷たちの首にあった【隷属の首輪】が小さな爆発音とともに外れて地面に落ちる。
「へっ?」
監督官はあごが外れるほど大口を開けて、気の抜けた声を漏らす。
同様に、奴隷たちも自分たちの身に起きた奇跡に、思考が追いつかずにいた。
隷属の首輪が外れたということは、互いに殺し合うという命令に従う必要は無くなったこと。
そして……自由を得たこと。
わずかな沈黙の時を経て、その事実に気づいた奴隷たちから爆発的な歓声が起きる。
そしてそれは、先ほどまで打ち据えられていた、狐獣人のふたりも同様。
「首輪が……首輪が取れた」
「グルック、僕……僕……」
「ああ、お前の首輪も外れてる」
フランシスが不安気にグルックに問いかける。
すると青い瞳に涙を溜めたグルックが、力強く断言する。
「俺たちは自由だ!」
その言葉に、奴隷だった少年少女たちは涙を流しながら歓喜の雄叫びを上げるのだった。
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