第93話 追思

「いやぁ、【隠聖】さまが、あんなにおしゃべりだとは思わなかったから、最初はすごく驚いたよ」

「……すみません」


 何故か謝ってしまうアルフォンス。

 強いて言うなら、親の若かりし頃の痛い発言を第三者から聞くようなものか。


 アルフォンス自身の話ではないのに、何故か謝罪したくなるのは仕方のないことだろう。


「頭領は普段、威厳とか立場とかイメージとかを守るために、あまり話さないだけなんです」


 少年はそうフォローするが、あまり効果はない。


「いや、別にそれがいけないというつもりはないよ。こっちは助けられたんだから。実はあの村にいた皆さまにお礼をしたかったんだけど、今更昔の話をされても仕方ないだろうって、控えたんだ」

「そうだったんですか。不思議な縁ですね」

「そうだね」


 そう微笑んだフランシスは、話を続けるのであった。




「いやぁ感動したわぁ。おばちゃん、命がけで友を庇うなんてシチュエーション、とんとご無沙汰だから、もう涙が出てきちゃってさぁ」 

「もう、ババァだからじゃ」 

「なぁに、その言い方。ロリババァに言われても、全然悔しくないんですけど」

「誰がロリババァじゃ。永遠の12歳なだけじゃろうが」

「もう、何十年12歳をやってるのよ。みっともない」

「何がみっともないじゃ」


 そんな不毛な会話を繰り広げる、【隠聖】ツクヨミと【聖魔】アビゲイルであった。

 そして、もうひとりと言えば……。


「なっ。何をしやがる!」


 慌てる監督官を無視して、グルックとフランシスのもとに近づいていく。

 あまりにも無防備で近づく白いローブ姿の女に、監督官も面食らう。



「近づくなぁ!てめえらがこっちに来るなら、こいつらをぶっ殺すぞ!」

「あらあらまぁまぁ。それは困りましたね」


 その言葉に歩みを止めた白いローブ姿の女は、頬に指を当てて首を傾げる。


「でも、大丈夫ですの。

「はぁ?」


 監督官が、白いローブの女の言葉に――呆気にとられる。


「でも、痛いのは嫌ですわよね。それではここで。【広域治癒(ラトゥム・ペルフェクティオ・サナーレ)】」


 何をしているのか、理解できなかった監督官であった。

 だが、すぐに聞こえてきた奴隷たちの言葉によって、のかを理解した――理解させられてしまった。


「ええっ!?身体が治ってる」

「ああっ、私の耳もある!」

「目が……目が見えるよ!」

「僕の足も生えてきたぁぁぁ!」


 離れた場所から聞こえる、奴隷たちの歓声。

 それは、苛酷な環境や理不尽な暴力によって失ってしまった身体の部位が、元通りに癒やされたことへの喜びの声だった。


「こっ……こんなことが出来るなんて……。【聖女】……今は【癒聖ゆせい】か……」

「あらあらまぁまぁ。ご存知でしたか?」

「マジか!なっ、なら……、オマエらは……」


 広範囲の完全治癒を、しかも詠唱破棄で行えるような者など、世界広しといえどもひとりしかいない。

 監督官は、目の前の人物がいかなる人物か理解させられた。

 そして、そんな人物と軽口を叩き会えるような者と言えば……。


 あまりのことに言葉を失い、ただ呆然と黒装束の女を見つめる監督官。


 その視線に気づいた、ツクヨミはニンマリとした笑みを浮かべると、懐から一本の短刀を取り出して、その柄の紋章を監督官に示す。


 そこには双頭の竜と瞳の刻印。


「私は【王の瞳】の【ツクヨミ・キキョウ】。【隠聖】とも言うわね。はじめまして。そしてすぐにさようなら」




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