第50話 回視●

題名のあとに●が付いているのは奴隷絡みのお話です。

 ちょっとテンションが下がりがちになるので、ご了承下さい。


 ●を読み飛ばしていただいても、『窮迫●』だけ読んでいただければ、話は通じるかと思います。


 これに伴い、多少話の順番が前後しています。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


 いつしか馬車の歩みも遅くなっていた。

 

「どうやら、逃げ切れたようだな」

「そうだな。だが、気を抜くのは危険だ。とりあえず、馬を休ませて腹ごしらえをしちまおう」

「うぬ……しかし忌々しいことだ。ここまで思うように行かないとは……」

「それはアンタも分かっていたはずだ。荒野の恐ろしさをな」

「そのためにも高い金を払ってるんだぞ。お前らはAランクのパーティーだろうが!」

「そうだ。だがなアイツらに勝てるのは、Sランクパーティーくらいのモンだろう。そんな無茶を言われても困る」

「街道からは大きく外れ、アイツらから逃げているだけじゃないか!糧食も少なくなってるんだぞ、どうしてくれる!」

「それなら軍でも連れてくるんだな。場合によっては村に戻ることも考えるぞ」

「……ぐぬぬぬぬっ。そんなことは許さんぞ!何があっても【ハーン子爵領】まで行くのだ!」

「どうしてもというなら勝手にしろ。俺たちは降りる」

「何だと!お前らだっていい思いをしていたのだろうが。恩を感じないのか!」

「ああ、それは恩にきる。だが俺たちも命あっての物種だ」

「クソがっ!」

「何とでも言ってくれ。最善は尽くす。それだけだ」

「この契約金泥棒が!」 


 奴隷商人が腹立ち紛れに何かを投げつけたようだ。 

 地面に叩きつけられて、何かが割れた大きな音がした。


(また殴られるのか……)


 もう、自分で起き上がることも出来ない【スパーダ】は、また殴られるのだろうと覚悟をする。

 この奴隷商人は、気に入らないことがあるとすぐにスパーダに八つ当たりしてきた。

 隷属の首輪で反抗出来ないのをいいことに、気が済むまでまだ幼い少年を殴りつけてきた。


 その度に、キャロルは自らが隷属の首輪に苦しめられることも厭わずに、必死で奴隷商人に懇願していた。


(キャロ姉、無理しないで欲しいな……)


 そんなことをことを考えていると案の定、荷台の入口の布が荒々しく巻き上げられ、憤怒の形相で奴隷商人がやって来る。


「あっ……うっ、お願い……です、止めて下さい……」


 キャロルがすぐに気づいて、奴隷商人を制止する。

 商人に逆らうと見なされるその行為て、気が狂いそうなほどの痛みが身体中に走るが、それに耐えて哀願する。


 だが、奴隷商人は聞く耳を持たずに、執拗にスパーダを殴りつける。

 さんざん殴り蹴るの暴行を受けて、身体に傷のない箇所は無いほど満身創痍の少年は、ついに気を失うのであった。



 少年は夢を見る。


 いつも同じ場面。


 それはずっと後悔し続けていた奴隷落ちした日のことだった。


「この薬さえあれば、村の人々を助けられます」

 

 ねっとりとした笑みを浮かべて、商人が説明をする。


「これはですね、王都でも試験的に作られた特効薬なんです。しばらくすれば、きちんとした特効薬が出来るはずです。しかし、薬の承認には長い日にちがかかるのです。早くて2年。もしかすると、さらに長くなるかも……」

「そんな……」


 商人の言葉にキャロルが言葉を失う。

 承認を待っていたら、とても間に合わないとの答えに至ったからであろう。


「私は王都の方から、治験の一端としてこの薬を託されたのです。本来は南に向かうところだったのですが、とある方に是非ともと懇願されてこの村に来たのですよ」

「とある方って?」


 もったいぶった商人の言い方にスパーダが問いかける。


「ああ、別に隠すつもりはありませんよ。それは……」


 すると、タイミングを見計らっていたかのように孤児院の待合室のドアが開く。


「ああ、ここにいたのかい?薬はどうだった?」


 やってきたのは、最近村に戻ってきた【リュゼ】であった。

 すると、商人はそれに答える。


「効果はてきめんでしたね。ああ、そうそう、私をこちらの村まで連れてきたのは、こちらのリュゼ様ですよ」


 こうして、スパーダたちを奴隷に落した二人が揃ったのであった。


「アンタが連れてきたのは理解したニャン。でも、アンタが来てからみんなが病気になったのも間違いないニャン」

「おおっ、チェシャちゃんは、僕が病気を蔓延させたとでも言うのかい?どうやって?」


 リュゼがチェシャからの指摘に顔色も変えずに反論する。


「でも、病気にかかったと思ったら、たまたま一緒に来てた商人が、その特効薬を持ってるなんて出来過ぎニャン」


 集まった子どもたちの中では、最も年長のチェシャが、怪しい点を指摘する。

 確かに怪しいものの、何の証拠も無ければ、それは単なる言いがかりだと言い切るリュゼ。


「で、怪しいから薬を使わないのかい?」

「それは……」


 言葉に詰まるチェシャ。

 完全に主導権はリュゼと商人が握っていた。

 その後は、リュゼたちの甘言に乗ってスパーダたちが奴隷となるまでが一連の流れだった。


 リュゼたちとチェシャやキャロルのやり取りをスパーダはただ見つめているだけ。


 何度も繰り返し見る過去の記憶。


 スパーダの心残りはたったひとつ。


 どうして、チェシャやキャロルにだけ交渉という重い負担を背負わせてしまったのだろう。


 あのとき、自分も色々と思うところがあった。

 

 院長先生の呼吸が落ちついたからと言って、まだ完治したとは確認できないこと。

 こんな村の存亡にも関わる重要なやり取りを、孤児院の子どもとしていること。


 もしも、自分が声を上げていれば、流れは変わったのだろうか?


 別な視点からの問題点を提議できていれば、思いとどまれた可能性は?

 少なくとも、まだ動ける村の老人たちを呼んで、間に入ってもらうことも出来たのでは?



 やらなかったことへの後悔。


 それがずっとスパーダを苛んでいるものの正体であった。


(チェシャ姉もキャロ姉も、それ以上自分を責ないでよ……。オレだって悪いんだから……) 


 同じ夢をくり返すたびに、少年はそんな想いを抱くのであった。

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