第44話 襲撃

「何がいいッスかねぇ〜」


 アルフォンスを見送ったウルペス商会の隊商キャラバンの面々は、王都への道を進む。


 隊列の先頭で哨戒にあたりながらも、新しいパーティーの名前も考えているクリフ。

 その表情はどこか晴れ晴れとしている。


「やっぱり、アルさんのことも入れたいッスよね……すると、アルフォンスと……いや、直接的な名前は出さないで、暗喩として組み込んでもいいのかな……」


 そんなことを考えつつも、周囲への警戒は怠っていないのはやはりアルフォンスに鍛えられた成果であろう。


 クリフはその視界に動くものを認めると、瞬時に意識を切り替える。


「二時の方向に動き。数は1!」


 そう告げると、他の冒険者たちは馬車を囲むように位置を取ると、馬から降りて敵に臨む。


「何が来る?」

「ん〜っ、ちょっと遠いンスが、犬……いや、狼ッスかね?黒くて小さいヤツがいるンスよ」

「犬だぁ?そんなの敵じゃねえだろう」

「同意。何故にそんなに過剰になる?」


 会敵に備えて前面にやってきたアトモスとバレットの両前衛は、クリフの言葉に違和感を覚える。


「ええ、本来なら気にするほどでもないんでしょうが、アルさんの結界の中に入ってきてるのが気になって……」

「少年の結界か……あのハイオーククラスでも入って来れないんだったな」


 アトモスはそう言うと、馬車の壁に取り付けられた魔石を確認すると、そこには十分な魔力を湛えた魔石が青白い光を放っているのが見えた。


「結界に異常があるとか、そんなんじゃねえのか?」

「アルさんがそんなミスをすると思います?」

「うっ……」


 バレットが結界に不備があるのではと尋ねるものの、戦場では僅かなミスが命取りになると口癖のように話していたアルフォンスが、そのような初歩的なミスを犯すはずもないと考えを改める。


「じゃあどうして……」


 そうバレットが続けたところに、クリフが慌てて割り込む。


「来るッス!」


 その言葉に身構える冒険者たちであったが、次の瞬間には驚愕することになる。


「速っ……」


 バレットがそう呟いたとたん、彼の大盾に強い衝撃が走る。


「マズい、抑えきれん!」

「アトモスさん!」

「応!」


 大盾を弾いた拍子に空に浮いた敵――漆黒の毛並みの狼は、直後に振り下ろされたアトモスの剣を身をよじって避ける。


「なっ!」


 狼は地面に降り立つとそのまま馬車に向かって疾駆する。


「通させない!」

「行かせない!」


 デュークが硬気功で身体を強化し、イーサンが馬車の前面に光の壁を展開する。


 ―――が、狼はデュークの頭を踏み台にして光の壁を飛び越える。


「オレを踏み台にしたぁ!?」

「フランシス、逃げて!」


 双子の守りをも難なくすり抜けた狼は、直後に馬車の荷台に飛び込む。


「なっ!」

「うわぁ、危ない!」


 だが狼は、御者台にいたフランシスやギルに危害を加えることすらしない。


 荷台の中からは、何かを壊しているような音と、グルックの叫び声が聞こえてくる。


「うわっ!何だこの犬っころは…………ぶふおっっ!」


 どうやら犬呼ばわりされた狼に殴りつけられたグルックが、馬車の外に転がり落ちてくる。


 しばらくの間、何かを探すように荷台の積荷をひっくり返す音がし続けていたが、やがて音が止むと狼が馬車の外に出てくる。


 冒険者たちは改めて狼を取り囲むものの、ひらりひらりと躱されて攻撃が当たらない。


「オレを踏み台にしたぁ!?」

「デューク、何度も踏み台になるな!」

「早くて狙いが絞れないッス!」

「詠唱が間に合わない!」

「これでどうだ!」


 アトモスの渾身の横薙ぎを躱した狼は、何事もなかったかのように悠々と大地に降り立つ。


 やがて、何かに気づいた狼は、急に身を翻すと慌てて馬車から離れて行く。


「…………え?」


 あまりにも突然に立ち去った狼に、一同は驚きの言葉を漏らす。


「何だったのだ?」

「いったい何だよ……」

「すげぇ狼だったッスね」

「被害はなしか……」

「実害はなしか……」


 冒険者たちが、嵐のように立ち去った狼について話していると、頬を抑えたグルックが怒鳴りつける。


「オレが殴られたろうが!」

「軽く撫でられただけだろうに」

「お前ら、ガチでオレの扱いが軽くないか?」

「まぁ、アルフォンスくんをわざわざ先行偵察に行かせて、護衛から外したのはグルックだしね……」

「そこは気づいて戻るべきだろうが!」

「そんなことSランクの冒険者でも出来やしねえよ」


 自分の落ち度であると、バレットやフランシスに指摘されたグルックではあったが、己の否を受け入れることは決してなかった。


「それにしてもガリガリだったな……あの狼」

「まだ子どもなのか?ずいぶんと小さかったし……」

「漆黒の毛並みに真紅の瞳……まさか……」

「まだまだ修行不足だ」

「まだまだ技術不足だ」


 気を抜いていたつもりもなければ、手を抜いていたつもりもない。

 それでも自分たちの守りを突破されたのは問題だと反省する冒険者たち。


 今回は襲撃してきた敵がよく分からない行動を取ったために、依頼主(グルックを除く)を危険に晒すことはなかったものの、己の力不足を嘆く冒険者たち。


「あっ……!」


 そんなとき、急にクリフが何かを思いつく。

 


「パーティー名……【漆黒の奇蹟】ってどうッスか?」






 

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