第43話 結成

 ソロの冒険者であるクリフは、かつて所属していたパーティーから追放された過去を持つ。


 その原因は彼の出自によるものであった。





 とある貴族家の三男として生れた彼は、当主である父親の反対を押し切って冒険者になることを決意する。


 貴族の子弟としての教育を受けていた彼は、その経験を生かして、いつしか有能な冒険者と呼ばれることになる。

 幼い頃から訓練に勤しんでいた弓術が、他者に抜きん出て秀でていたこともあるが、何よりも礼節を含めた深い知識や、時と場合をわきまえる的確な判断力を有していたことが、高く評価される理由であった。


 ともすれば、粗暴と断ぜられがちな冒険者にあって、高い教養をも併せ持った腕利きの冒険者がいれば、何かと重用されるのもうなずける話だ。



 その結果、彼は王都でも有力なパーティーからの誘いを受けることになり、華々しい冒険者としての生活が続くかと思われた。


 ―――が、彼の冒険者としての生き方を快く思わない実家は、その所属するパーティーに対して執拗に有形無形の妨害を行うのであった。



 その結果、彼がリーダーから告げられたのはパーティーからの追放だった。


「パーティーに悪影響だ」


 そう告げられた彼は、反論することもなく呆然とその場に立ち尽くした。

 自分には何の落ち度もないにもかかわらず、一方的に告げられた追放処分。


 パーティーの仲間たちは、己の弓技を手放しで誉めちぎっていたのではなかったか。

 ゆくゆくは、一緒に上位ランクへと駆け上がろうと約束した日々は何だったのか。


 答えのない疑問が己の心を蝕んでいった。


 

 その後も、何度かパーティーへの加入を求められるものの、いずれも長続きはしなかった。 

 自分たちで誘っておきながら、実家からの妨害があれば、手のひらを返すように被害者面をして糾弾されることが幾度も繰り返される。


 そして彼は、仲間を信じることを辞めた。


 ソロの冒険者として【孤弓】の二つ名を持つまでには至ったものの、その心は枯れきっていた。


 いつか読んだ【勇者】の冒険譚のように、頼れる仲間との心躍る冒険は見果てぬ夢となっていた。


 そんな枯れた心が、再び激しく高鳴ることになったのは、たまたま知り合いだったアトモスに誘われた隊商の護衛中であった。


 成す術もなく魔物に蹂躙され、生命を失う覚悟を決めた危機に、まだあどけさの残る少年が放った紫電。


 その雷鳴は、かの【勇者】の伝説を思い起こさせるには十分であった。


 彼は、自分よりもはるかに年下の少年に、勇者の再来を確信したのだ。


 そしてそう感じたのは、彼だけではなかったようだ。


 彼と共に護衛の任に就いていた冒険者全てが、彼に魅せられたのだ。

 

 食事を共にするとき、夜間の警戒で焚き火を囲んだとき。

 ふとしたときに語られる、少年を讃える言葉に心の底から共感した。


 そして、少年とともにあるこの旅程が、何ものにも変えがたい貴重な時間となった。



 少年から譲られた【魔弓】は、今や彼のよき相棒である。

 一見、どこにでもありそうな木製の弓に見えるが、触れてみればその違いが明らかに分かる弓の張りとバランス。

 その材質は、おそらくは樹木の魔物【トレント】しかも、千年以上も生きた【レジェンドトレント】の芯木。 


 そんな貴重な品を、あっさりと譲ってくれる少年の規格外さに驚かされる。


 そして少年の指揮の下で果たされた、格上の魔物討伐。

 もう二度と仲間を得ることはないとだろうと思っていた彼に、力を合わせることの大切さを思い起こさせた。


 そして昨夜、少年から聞かされたその生い立ちと冒険者になりたいとの希望。



 いつしか彼は、冒険者となった少年と、ともに旅をすることを欲している自分に気づく。


「少年に恥じることのない、立派な冒険者でありたい」



 それが彼の心に灯った正直な気持ちだった。




「じゃあ、行ってきますね」


 そう元気よく挨拶する少年を見送るクリフや、他の冒険者たち。

 少年は2日も徹夜した後とは思えないほど足取り軽く先行偵察に向かう。


「今更ながらだが、少年はすごいな……」

「あれで二徹かよ……」

「4,5日なら楽勝って言ってたッス」

「「さすアル」」


 冒険者たちは、少年の規格外さを苦笑いで見送るほかなかった。

 

 馬よりも早く駆けていく少年の背に、いつまでも手を振っているクリフに、アトモスが尋ねる。


「昨夜はいろいろと話したようだな」

「そうスね。いろいろと。そして、もっと頑張らないとって思ったッス」

「何があった?」

「アルさんは、ゆくゆくはお祖父さんのように冒険者として世界を見て歩きたいそうッス」

「祖父……勇者様のようにか……」

「で、先輩冒険者としては、アルさんに恥じることがないように、もっともっと努力しなきゃと思ったンス」

「努力……そうだな。我々ももっと高みを目指すべきか。もっとも、少年に教えを受けている立場ではあるのだがな」

「それは仕方ないッスよ。アルさんはある意味人類の到達点のような人ッス。それでも、オレたちはそこに少しでも近づけるように努力すべきなンス」

「フフフッ、ずいぶんと殊勝なことだ」

「その上で、オレたちが出来るのは、これまでに培ってきた冒険者としての経験を伝えるべきだと思うンス」

「確かに」


 そう力説するクリフ。

 それを聞いて真剣な表情でうなずくアトモス。


 そこにバレットがひとつの提案をする。


「ならば、オレたちがもうひとつ上に行くためにも正式に組まないか?」


 それはパーティーを組む提案であった。

 今回の隊商の護衛としてたまたま一緒になった冒険者たちではあったが、ともに死線を乗り越え、アルフォンスの異常な特訓を受けているうちに、いつしか連帯感が生まれていたのであった。


「ふむ、それもいいな」

「同意。このメンバー以外、考えられない」

「同意。このメンバーならうまく行けそう」


 そう答えるアトモスと、デューク、イーサンの兄弟。

 クリフは一瞬、これまでに組んできたパーティーのことが脳裏をよぎるが、この面々なら仮に実家の妨害があっても、笑って済ませそうだなと何の根拠もない自信を持つ。


「あれだけ連携の訓練をしちゃったら、このメンバー以外とはもう組めないッスよね」 


 クリフは、素直に「はい」と言えない自分を内心では捻くれてると感じている。


「よおし、それじゃあ決まりだな。本来なら盃でも交わすんだろうが、オレたちにはこれだろうな」 


 バレットはそう言うと、苦笑いを浮べながら、腰に下げた水筒を掲げる。

 その様子を見た他の面々も、同じように苦笑いを浮かべつつ腰の水筒を掲げる。


「よお〜し、じゃあオレからだな。元ノイモント王国南方面軍第3席バレットだ!」

「フフフッ、やはり元軍人か。ならば某も名乗ろうぞ。【不屈】アトモス」

「うわっ、やっぱり【帝国】の剣闘士だったッスね」

「あれか?コロッセオの王と言われた……」

「百戦無敗!」

「解放剣士!」

「昔のことよ……」

「すげぇッスね!有名人ッスよ!」

「次はデューク」 

「次はイーサン」 

「【イレクスの村】の忌み子デューク」

「【イレクスの村】の禁忌子イーサン」

「東方の【公国】出身か……」 

「ああ、あそこは異常なほど迷信にこだわるからな……」

「苦労したンスね」

「「なんのことはない」」

「じゃあ、最後はオレッス!【クリフ・フォン・アイブリンガー】ッス」

「旧貴族か……」

「うわっ、冒険者嫌いのアイブリンガーじゃねえか!お前だけはどっかいけ!」

「そんなことは言わないで下さいッスよ〜」

「バレット、笑い過ぎ」

「バレット、口悪過ぎ」

「まあ、何とかなるだろう」

「いろいろ迷惑をかけるッスがよろしく!」 

「「「「おう!」」」」


 そう言って冒険者たちは、掲げた水筒の中身を一気に飲み干す。

 彼らの水筒にはアルフォンスが数多の薬草を調合した栄養剤が入っている。

 体力を増強し、魔力を向上させる効果を持つ栄養剤は、エルフの秘伝とされている。

 それを一日で水筒ひとつ分飲み干すことが、彼らのノルマとされているのだが、その味は――――


「不味い!」

「おげっ、やっぱりマズい」

「この口の中に広がる青臭さが何とも言えないッスね。眠気も吹っ飛ぶッス」

「臭い!まずっ!」

「苦い!まずっ!」


 せっかくパーティーを組んだと言うのに、そんなテンションすらも一気に鬱に落とすほどの威力を誇る栄養剤。


 彼らは嫌厭の意を込めて密かに影でこう呼んでいた――――【アル汁】と。



 一気にアル汁を飲み干したため、誰も彼もが地面に両手をつくほどの重いダメージを受けている。


 様にならない結成の儀だとクリフは思う。


 そして、それもまた自分たちらしくて良いとも思える。


 はるか年下の少年に武具を提供してもらった上で、教えを請うようなパーティーだ。 


 今更取り繕っても仕方ない。


 だが、彼らならば実家の妨害があっても、自分を見捨てることはないだろう。


 強くなるために恥を忍んで教えを請い、こんなに不味い汁を飲み、泣きそうになるほどの辛い訓練を耐えている仲間たちにとって、実家の妨害などは毛ほどの痛痒も感じないだろうと思えるからだ。


「ハハハハハハハハハハ!」

「どうした?」

「何だ何だ?」

「クリフがアル汁でおかしくなった?」

「クリフがアル汁で頭のネジが外れた?」


 クリフは、これまでの過去と決別するために呵々大笑する。


 彼の吹っ切れた笑い声は、遥かな蒼穹の空に吸い込まれて行くのであった。

 



 こうして、後に『最強かつ最高』と呼ばれるパーティーが結成された。


 リーダーはアトモス。


 金やコネに忖度する冒険者ギルドとは一線を引き、とある貴族家の妨害を受け続けたためにSランクには至れなかったものの、Sランクパーティーですらタコ殴りできる程の実力を持つ彼らは、生涯『ひとりの少年』の範となるべく努力を続けたと言う。



「パーティー名はどうする?」

「何かないか?」

「どうするッスかね?」

「アル汁同盟」

「アル汁とゆかいな仲間たち」

「「「どっちも却下」」」

「じゃあ、案を出せ」

「じゃあ、名を決めろ」 

「ふむ、頼んだぞクリフ」

「だな。貴族の三男ならこれくらいポンポンと決められよう」

「はぁぁぁぁぁ?」

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