第42話 奴隷●
題名のあとに●が付いているのは奴隷絡みのお話です。
ちょっとテンションが下がりがちになるので、ご了承下さい。
●を読み飛ばしていただいても、『窮迫●』だけ読んでいただければ、話は通じるかと思います。
これに伴い、多少話の順番が前後しています。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
乾いた大地を踏みしめる車輪の音が無機質に響いている。
それは彼女たちの凄惨な未来を、暗示しているかのようだった。
彼女――【キャロル】は異臭の漂う馬車の荷台で、幾度も繰り返されるその音を聞き続けていた。
奴隷に墜ちた彼女の首には【隷属の首輪】と呼ばれる魔道具が巻かれている。
事前に主と登録された者に逆らうことがあれば、その瞬間に耐え難いほどの痛みが身体に走る。
そしてそれは、反抗しようと考えることすら許されなかった。
自分の現在の環境を嘆くことすらも。
あるとき、彼女の主である奴隷商人が信じられない言葉を告げる。
「特効薬など無い。あれは一時的に痛みを和らげるだけの薬だった」
―――と。
彼女はその言葉に絶望するとともに、己の判断が誤りであったことに気づく。
あれほど父親から、そんなことをしても何の解決にもならないと厳しく諌められていたのにもかかわらず。
村に戻った男や奴隷商人の巧みな話術により、安易にその言葉を信じてしまったのだ。
自分が王都で働くならば、村の人々は助かるのだと。
曰く、しばらくは村に帰れないかも知れないが、ある程度の仕事を覚えて来る頃には長い休みももらえるだろう。
曰く、王都の裕福な家庭の下働きとして働くだけだ。
曰く、その家は名家なので奉公に出てきた者をぞんざいに扱うことはない。
彼女がそんな甘言に乗ったばかりに、結果的には孤児院の三人も巻き込んでしまうことになる。
「キャロルだけに負担はかけられない」
そう言って一緒に奉公に出る ことを決断した三人。
歳が近いこともあり、普段から一緒に遊ぶことが多かった友人たちであった。
自分が王都に出ると言い出しさえしなければ、三人もこんな目に遭うことはなかったのではないか。
彼女はそう自分自身を責めた。
だが、そんなネガティブな考えすら魔道具は許してくれないらしい。
感情の揺れに反応する魔道具は、奴隷から一切の感情と思考能力を奪うものであった。
思えばわざわざ奴隷商人が特効薬について話したのも、彼女の感情を揺らして首輪による痛みを与えるためだった。
騙されて【隷属の首輪】を付けられた彼女は、身体の中をたくさんの虫に喰い破られるような絶え間なく続く不快な痛みを味わえることになる。
それは彼女の反抗心を打ち砕くには十分であった。
こうして彼女は、ノードゥス村を出てから何度も味わった痛みにより、涙は枯れ果て、己の身の上を嘆くことすら諦めた。
まだ11歳の彼女は美少女と呼ぶにふさわしい容姿ではあったが、長期間に渡る劣悪な環境に置かれたせいで、その身体は異臭を放ち、かつては白銀に輝いていたその髪も今では光を失っていた。
村を出て早ひと月、本来であれば目的地に着いていてもおかしくはなかったが、途中で魔物の群れに遭遇したため、経路を大きく迂回せざるを得なかった一団は、未だ道半ばであった。
「畜生!何でこんなに苦労しなきゃならねえんだ!」
「旦那様、あの群れから逃げるには仕方ありませんぜ」
「ああ、いまいましい!」
そんな苛ついた声が、御者席から聞こえてくる。
(ああ、また殴られるな……)
ぼんやりとそんなことを考えているのは、キャロルよりもひとつ年下の少年――【スパーダ】だった。
青い髪のその少年は、村では笑顔の絶えない元気な少年であった。
だが奴隷に墜ちてからは、一切笑顔を見せることはなくなった。
それどころか、もうひとことも口を利かなくなった。
その理由は、何度も繰り返された主や護衛の冒険者たちからの暴力にあった。
思いどおりにならなければ殴られ、暇だからと蹴られる日々。
「男の奴隷なんざ、手足の数が揃ってりゃいいんだ」
そんな暴論を聞きながら、少年は殴られ続けていた。
今や少年の片目は潰れ、歯は奥歯数本を残して残りはすべて失った。
両足はあらぬ方向に曲がってしまい、もはや歩くこともままならなかった。
主が行程が遅れていることで機嫌を悪くしている。
次に休止したときには、腹いせにまた殴られるのだろうと少年は考える。
痛みに耐えかねて悲鳴を上げると、嗜虐的な主はますます喜ぶ。
だから、決して声だけは上げるまいと誓う。
それだけが、彼に残された唯一の反抗なのだから。
馬車が石に車輪を取られてバウンドすると、荷台も大きく揺れる。
そんな中、揺れに逆らうこともできず、文字どおり転がっているのは、4人の中では最も年上の【チェシャ】12歳であった。
猫の獣人である彼女は、茶トラ柄の髪と頭の上にチョコンと乗った三角耳以外は人とさほどの違いはない。
整った容姿でスラリとした身体の彼女はとても肉感的で、男ばかりの護衛冒険者たちの目に止まる。
主が貴重な商品であると戒めているにも関わらず、隠れて襲おうとする者が後を絶たなかった。
その度に彼女は、隷属の首輪による痛みをものともせずに暴れた。
噛みつく、引っ掻く、殴りつける。
ありとあらゆる抵抗をすることで、理不尽な暴虐から己が貞操を守った。
そうして付けられた蔑称が【狂猫(くるいねこ)】
その結果、彼女は危険な
やがて、反抗する力を奪うために村を出てから水以外の一切の食事を絶たれていた。
日に日に衰弱していくものの、人よりも生命力が強い獣人であるばかりに、まだ死に至ることはない。
見る影もなくやせ衰えた姿に、以前の魅力はなく、もはや誰も手を出そうとすらしなくなったのは幸いと言っていいのだろうか。
荷台の隅に、骨と皮だけに痩せ細った骸のような身体が転がっていた。
残るひとりはわずか8歳の【アリス】
ミルキーブロンドの幼女は大きな青い瞳が特徴的で、身なりが整えばまさに人形のような可愛らしい姿であった。
そんな彼女は、御者台から振り返ればすぐに目につく位置に座らされていた。
水が貴重な荒野において、身なりを整えることすら許されなかった奴隷たちは、日に日に薄汚れていったのだが、まだ臭いや汚れが気にならなかったころには、彼女はわざわざ奴隷商人隣に座らせられるほどの執着を寄せられていた。
小児性愛者でもある奴隷商人は、アリスを見るや一瞬にして虜になったのだった。
「おおう、アリスちゃん。今日も可愛らしいねえ。無事に着いたら、おじさんがちゃんと身請けしてあげるから待っててねえ。グフフフフ」
そんな猫なで声で語りかけてくる主に、鳥肌が立ち嫌悪感を抱くアリス。
すると、とたんに耐えられないほどの痛みが身体を走る。
「痛い!嫌あああああ!」
言いようのない痛みに悲鳴を上げながら転げ回るアリスの姿を、奴隷商人はにこやかに見守る。
「おやおや、まだ私を受け入れては貰えないのかな?素直に私のものになればいいのに……まあ、嫌がる幼女を躾けるのも一興か。ハハハハハ」
アリスの悲鳴が響き渡る馬車は、今日もまた荒野を進む。
目的地へと向かう車輪の音は、いつまでも止むことはなかった。
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