第41話 徹宵
もはや、嫌がらせの域を大きく飛び越えているようにも思えるが、アルフォンスはいっこうに嫌がることなくグルックの提案を受け入れた。
すなわち、連続して徹宵警戒を行った上で先行偵察を行うことである。
だが、アルフォンス自身はそれを苦とは思っていない。
そもそも村にいたころは、【狩聖】と山中のサバイバル訓練に明け暮れ、【隠聖】からは不眠不休で監視をする訓練を受けているアルフォンスにとって、数日間寝ずに過ごすことは、苦にもならない。
普通であれば、まだ成人前の子供に何を指導しているのだと言われるかも知れないが、周囲にはそれが当然だと考えているネジが外れた連中しかいない。
しかもアルフォンス本人も、喜んで教えを受けている始末。
こうしてアルフォンスは、誰に止められることもなく、着々と力を得ていったのだ。
そして、アルフォンスの寝ずの番が始まるのだが、そもそも当人が密かに張り巡らせている簡易結界があるため四方の警戒は万全である。
つまり、アルフォンスにとっては、ひたすら朝まで時間を潰すだけに過ぎなかった。
火を絶やさぬようにと、準備しておいた枯れ木を焚べる作業はあるが、やはり長い夜を過ごすには手持ち無沙汰となる。
そこで、アルフォンスは次元収納から【ヨーウィー】の革を取り出すと、道具作りを始める。
この【ヨーウィー】とは、日中に
それを一刀のもとに返り討ちにしたアルフォンスは、後々加工するためにその素材を回収しておいたのだった。
【ヨーウィー】の頭部と胴体はトカゲに似ており、蛇のような尾と、6本の虫のような足を持つ。
その背丈は人よりもやや大きく、討伐ランクが高く希少性もあるため、その革は高価で取引され、主に高価なバッグの素材などに用いられている。
「アルさんは、何を作るンスか?」
「ええ、ちょっとしたポーチでも作ろうかと思いまして」
「へえ〜、革製品も作れるンスね」
「少しかじった程度ですけどね」
「またまたぁ〜」
そこへアルフォンスに付き合って寝ずの番をすることにした、クリフが話しかける。
「でも、クリフさんも、わざわざ付き合ってくれて、ありがとうございます」
「いやいや、これと言うのもオレが下手なこと言ったからッスからね」
「そんなことないですよ。どっちみち、僕は冒険者になりたかったんですから」
「アルさんがッスか?」
「ええ、じいちゃんは昔、冒険者をやっていたらしくて、よく、その時のいろいろな冒険談を話してくれたんです。見たこともない景色や、様々な人々との出会いなんかを」
「へえ〜っ、いいお祖父さんスネ」
「僕は物心がつかないのころから、そんな冒険談を聞いて育ったんです」
「そりゃあ、憧れますネ」
「ですよね。だから僕は、いつかは冒険者になりたいと思ってるんです。もちろん、じいちゃんたちの薦めですから王立学院には通いますが、そこを卒業したら自由にしてもいいみたいなので、ならばと」
「それじゃ、アルさんがオレたちの後輩になるんスね」
「そうなりますね」
「ハハッ。そりゃあ楽しみッスね」
ふたりはこれからの未来に想いを馳せる。
「そう言えば、アルさんってどんな生活をしてたンスか?」
ふたりきりの夜に話が弾んだことで、クリフはかねてから思っていたことを尋ねる。
「あの村には、他に同年代の子もいなかったようですし……」
そんな興味本位の質問に、アルフォンスは自分の出自を隠さずに話す。
「そもそも僕は、赤ちゃんの頃に大森林に捨てられていたみたいなんです」
「えっ?」
始王オイゲンとアルフォンスに血の繋がりは無いと聞いてはいたが、何らかの縁者なのだろうと思い込んでいたクリフは、突然告げられた衝撃的な事実に言葉を失う。
「そこをたまたま通りがかった、じいちゃんに拾われて育ててもらったんです」
「大森林って……」
「ええ、あんな魔物しかいないところに捨てるなんて、じいちゃんがいなければ死んでましたね」
そんなことをあっけらかんと話すアルフォンス。
既に、出自については吹っ切れているのだと感じる。
「そして、じいちゃんやばあちゃん、村の人々に大切に育ててもらったんです」
「…………ええ」
「今、考えれば、確かに頭がイカれてるような訓練も数多くありましたが、僕の血肉になっているので感謝しかありません」
「…………そうッスね」
「じいちゃんは、僕が力をつけることを喜んでいました。『理不尽があったときにはねつけられるほどの力があれば、これからの人生で苦しまずに済む』って」
「理不尽をはねつける力……」
「そうです。だから僕は、いろいろなことを見聞きして力をつけていきたいんです。そして、じいちゃんのように世界を見て回りたいんです」
アルフォンスの強い意思を知って、クリフはその目標の高さと困難さを想像する。
同時に、この少年ならばきっとそれを叶えられるだろうとの思いも抱く。
ならば自分が出来ることなどひとつしかない。
「オレ……いや、オレたちも精一杯協力するッス。ぜひ、その夢を叶えましょうネ」
アルフォンスの話を聞けば、きっとアトモスたちも同じことを言うに違いない。
不思議とそんな確信があった。
「それじゃ、頼りにしますね、先輩」
「任せるッス、後輩」
そうして、二人の静かな笑い声が、夜の闇に溶け込んでいった。
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