第32話 雑談★
アルフォンスが名もなき村を出発して、はや一月が過ぎ去った。
村に唯一の酒場『昔者の巣』には、オイゲンと【十聖】が集まっては無駄な時を過ごしていた。
「お待たせ」
元は財務大臣の地位に就いていた前グリューンベルク伯爵【エドガー】は、腕によりをかけた料理を丸テーブルの上に並べていく。
「今日は【ベヒモス】尽くしだな。せっかくフィオーレ嬢が狩ってくれたんだからな」
そんな元王国の重鎮が薦める料理を手放しで褒めるのは【癒聖】エリザベート。
「あらあらまぁまぁ、美味しそう。フィオーレ、ありがとう」
「ん」
「アルは【ベヒモス】が好物じゃったのう。食べさせてやりたかったな……」
「シシシシシ……勇者様ともあろう方が、孫離れ出来ないとはな」
「黙れトマス。お前、この間、間違ってアルフォンスにって土産を持ってきたろうが……」
「いや、その……あれは、うっかりしててだな」
「ガハハハ!ジジィ、ついにボケたか?」
「やかましい。構ってくれるアルがいなくてしょんぼりしてるくせに」
アルフォンスが村を出て、特に寂しがっている【始王】オイゲンと【狩聖】トマス、【拳聖】バルザックがお互いの傷を舐めあっていた。
「それにしても、アルも薄情よ。転移門があるんだから、ちょくちょく帰ってくればいいのに……」
「そんなにちょくちょく帰ってきたら、旅とは言わんがな」
【聖魔】アビゲイルの無茶な話に、【聖商】ミツクニがツッコミを入れる。
「それに、転移魔術なんてそうそう使える者はいないからな」
【剣聖】レオンハルトがそう付け加えるも、アビゲイルは悪びれることもなく答える。
「でも、アルは使えるんだから構わないでしょうが」
「まあまあ、そのへんで。成長したアルフォンスくんに後日に会うのも一興ではないですか?背も伸びてたくましくなってたりしたら……」
「じゅるっ……それもアリね……」
「ケッ、ロリババアがなに色気づいてやがる」
「なんですって!?この脳筋が!」
【聖宰】マリアがそう提案するも、バルザックが茶々を入れていつものやり取りが繰り返される。
「そう言えば、アルたちは順調なのかのう?」
「この間、アルから手紙が来て『魔物の名前を覚えてなくて酷い目に遭った』って……」
「何よツクヨミ、手紙が来たならアタシにも見せなさいよ」
「ダメ。これはアルの訓練のひとつ。情報をいかに秘密に素早くやり取りするかは諜報ではとても大切なこと」
「どうせ機密情報なんて書いてないんでしょ」
「それはヒ・ミ・ツ」
オイゲンが、【隠聖】ツクヨミに問いかけるとアビゲイルが食いついてきた。
そんなやり取りの中で、真っ先に問題を提起したのはマリアであった。
「それよりも、やはり魔物の名前をアルフォンスくんに教えて無かったことが悔やまれますね」
「そうよね、どこぞの脳筋が細かいことを教えたがらないばっかりに……」
「それは同感じゃな……」
ここに来て、魔物の名前は教えるべきだった派のマリアとアビゲイル、トマスが、魔物の名前など覚える必要がないと最初に教えてしまったバルザックを責める。
「そんなチマチマしたことを考えてちゃ、大物にはなれねえんだよ」
「それでも、ドラゴンをトカゲはやり過ぎ」
「そうじゃな。さすがにトカゲは無いぞ」
「フィオーレ、レオ、お前らもか!」
ここに来て、フィオーレとレオンハルトもバルザックを責め立てる。
意外と攻められることに弱いバルザックが、焦っていると、そこにオイゲンが助け舟を出す。
「まぁ、アルが必要と判断して学ぶなら、それも良かろう。何事も経験じゃ」
「オイゲン、よく言った!それだ、オレはアルが自ら学ぶようにしてたんだ……」
「嘘つきなさい。今、良い言い訳が出来たって顔をしてるわよ」
「……そっ、そんな顔してねえよ」
慌てて自分の顔を触れて確認するバルザック。
その様子に一同が爆笑する。
「そう言えば……」
ツクヨミが思い出したようにひとりで酒を浴びるほど飲んでいる【聖鍛】バザルトに告げる。
「アナタの黒刀で【
「
それを聞きつけたレオンハルトが話に加わる。
「
「我が国では【貧乏神の剣】と呼ばれてる」
「まあ、ちょっと良い武器を手にしたからって欲をみた帝国と、皇帝が泣くまで徹底的に反撃したバルザックとアビゲイルのせいでもあるがな……」
あきれたように話すオイゲンに、当人たちが反論する。
「お前らだって怒ってたじゃねえか!」
「そうよ、そもそも尻の毛まで抜いた上に、ぶん取った国土を完璧に併合して見せて、今の帝国をウチの辺境伯領よりも小国に追いやったのはそこの腹黒メイドじゃない!」
「失礼なことを言いますね。私は事前に宣告していたのですよ。復興の中、余計なことをすれば国を失うと。他の国々はそれをきちんと守ってくれたというのに、皇帝だけが聞き入れなかっただけなのです」
「まあ、あの皇帝はエリー嬢にべた惚れだったからな。どこぞのぽっと出に持っていかれた恨みがあったんじゃよ」
そんな爆弾発言が不良老人のトマスから飛び出す。
「あらあらまあまあ、そんなことがあったんですの?」
「まあ、エリー嬢は当時から勇者様にぞっこんじゃったからの」
「あら、バレてましたか?」
「エリー様、知られていないと思っていたのは御自分だけでしたよ」
「ほっほっほ、良い思い出じゃ」
「ガハハ、当の本人は大勢の女にモテたいからってカッコつけてばかりいたのにな……」
「…………あら?」
「いや、違うぞ、違うからなエリーよ。若い頃は誰でも夢を見ると言うかな……。そんなこともありそうな気もしないでもないという感じじゃっただけじゃからな」
「あらあらあら……どうしましょうか」
「バル、余計なことを言うなよ。アルがいなくなったから、もう助けてくれる者がいないんじゃぞ。ワシ一人でどうしろって言うんじゃ……」
まさかの、こんなところでアルフォンス不在の弊害が出ていた。
「……バル、お主、後で覚えとけよ」
「あなた〜、後でお話しがありますからね〜」
「……はい」
「ガハハ!!!」
このように、話題がそれまくるのは、自己主張が激しい英雄たちの間ではいつものことだったりする。
そんな中で、レオンハルトはバザルトに話しかける。
「それにしても、アルフォンス君はわざわざ貧乏神の剣と真っ向勝負したのか。あれほど当たらなければどうということもないと教えたのに」
「フン、小僧は、剣士でもあるが、鍛冶師でもあるからな」
「なるほど、外法が許せなかったか」
「ワシの短刀を出したということは、小僧の剣は力負けしたか?まだまだ未熟者よ」
「そこまで言うが、アルフォンス君の剣とて十分に名剣だと思うが」
そう言って、レオンハルトは腰に佩いた鞘をポンと叩く。
「フン、聖剣に勝てねば、一流の剣とは言えんわ」
「そんなのお主だって何本も打てまいて」
「まあ、片手程じゃがな。まあ、ワシも精進するばかりじゃ」
「ククク、そうは言っておるが嬉しいのであろう。アルフォンス君の気持ちと、黒刀の出来が」
「フン。まあ良くやったと褒めておくか」
「ククク」
剣士と鍛冶師という間柄で、最もバザルトの世話になっているレオンハルトは、その分老鍛冶師の気持ちには敏感だった。
そうしてふたりは、無言でジョッキを打ち合わせるのであった。
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