第31話 教示

 荒野を隊商キャラバンが進んでいる。

 

 その一帯は、某少年が放った雷鳴魔術の影響で、下草はことごとく焼き払われて地面が剥き出しになっている。


(まさに神がかった力よな……)


 内心でそう思うアトモスは、馬に乗った自分と並走する黒髪の少年を見つめる。

 足を取られる下草が無いために、馬も速く走れているにもかかわらず、ケロッとした顔で自分の足で並走する少年。


 本人曰く、


「豚と戦ったときに、ちょっと動きが遅れたんですよね。やっぱり4日も訓練しないと身体が鈍っちゃうんですね」


 だからって、馬と並走するか?

 

 アトモスは大声で叫び出したい気持ちになるが、グルックからアルフォンスの異常性を指摘することを厳に戒められているためぐっとこらえる。


「ひやぁ、アルくんはさすがッスね」

「ふむ、あの実力は普段の鍛錬の賜物なのだな」

「さすアル」

「すごアル」


 実力主義の冒険者たちは、アルフォンスがこうして訓練に臨む姿を素直に賞賛する。

 そこには年齢がどうだ、立場がどうだといった余計な思惑は一切ない。

 

「そうだ!アルくん、お願いがあるンスけど……」


 そんなアルフォンスに馬を寄せてきたクリフがひとつの依頼をする。


「アルくんの弓術って【弓聖】様の直伝なンスよね?」 

「【弓聖】……ってフィオーレさんのことですよね」

「そうッス!」

「ええ、教わっています」

「弓聖様って気難しくて人嫌いって聞いてたンスけど、アルくんはどうやって教えを受けたんです?」

「気難しい……?う〜んそうかなぁ。お師さんは言葉は少ないけど、すごく優しい人ですよ。不器用な僕を根気強く指導してくれましたし。弓については物心ついたときには、もう教わっていた感じですかね?」


 アルフォンスの『不器用』という言葉に、一同は頭を捻るが、あえてツッコミを入れずに流すことにする。


「いいなぁ、そんな環境。そうだアルくん、俺にもその教えの一端でも教えてもらえないッスかね?」 

「えっ、僕がですか?」

「そうッス。そうすれば、間接的ですが弓聖様の教えを受けられるようなもんッスよね」

「あ〜、なるほど」


 グルックからの指示を守ると、アルフォンスから教えを受けるという行為は、その実力を認めたと暗に伝えることになってしまう。


「おそらく、始王様方はアルフォンス君の実力の上限を周りに決められたくないのだろう……。周囲が最強だとか、もうそれでいいとか無責任に賞賛することで、慢心してしまうことを恐れたのではないかな……」


 アトモスが冒険者たちにグルックからの指示を伝える際に、そんな推測も付け加えていた。 


 そこでクリフは、アルフォンスを通して弓聖の教えを学ぶという体にして、彼の指導を受けようとしたのであった。

 さすがに元貴族の三男だけあり、こういった駆け引きについては、隊商の誰よりも優れているようだ。


「そういうことなら分かりました。未熟者ですが、微力を尽くします」


 その言葉に納得したアルフォンスは、快く提案を受けることにする。

 すると、それを聞きつけた他の冒険者たちも集まってきては、我もわれもと教えを受ける約束を取り付ける。


 こうして、隊商の護衛に就いた冒険者たちはアルフォンスに師事することとなる。



 ―――後日、頼んだ当人たちは、すぐにこのときの安易な提案を、心の底から悔やむことになるのだが……。



 なにはともあれ、こうしてアルフォンスは隊商の面々に認められて、王都までの長い道のりを共にすることになった。


 世界の常識を知らない彼が、その有り余る能力で、これからどのような騒動を起こすのか、それは神のみぞ知ることである。


 だが、ひとつだけ確かなことは、これからも彼の周りには騒動がつきまとうに違いない。


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