第12話 出発

 グルックたちが村に着いて幾日かたった。

 ついに今日は、アルフォンスがグルックたちと王都に向けて出発する日となった。


 アルフォンスは村の入口で、彼を育ててくれた恩人らと別れの挨拶をする。


「先生、今までありがとう」  

「たくさん学んで来るのですよ。そして、王立学院に着いたら、この手紙を学院長に渡しなさい」 


 そう一通の手紙を手渡したのが、メイド服姿の元宰相である。


「分かった!」

「たくさん学んでくるのですよ」

「はい!」


 彼に様々な学問を教えてくれた恩師に、アルフォンスは深々とアタマを下げる。

 そこにやってきたのが、普段から気難しいドワーフの鍛冶師だ。


「ホレ」


 そう言って何事も無かったかのように、一本のナイフをアルフォンスに手渡す。


「これは?」 


 アルフォンスが鞘から引き抜いてみれば、刃体が漆黒の極上の逸品だとすぐに分かる。 


 それは龍の希少部位である【逆鱗】を【アダマンタイト】と混ぜ混んだ合金を鍛えたもので、アルフォンスが未だに到達し得ない至高の一本だった。


「これは凄いや!」

「なかなかのものが出来たのでな。くれてやる」

「ホントに?ありがとう!大事にするね。でも親方、僕はいつかコレを越える一本を打つからね!」 

「フン、やれるもんならやってみい」


 アルフォンスがそう決意を告げれば、鍛冶師は鼻を鳴らして立ち去る。


「あれは照れてるだけ……」


 そう言って後ろからアルフォンスを抱きすくめるのは、エルフの弓使い。

 アタマに乗った双丘からは柔らかな感触が伝わる。


「マスタぁぁぁ……」

「私はまだまだ若い。早く大きくなって迎えに来ること。いい?」

「ええっ?」


 アルフォンスが言葉に詰まると、人の頭ほどの大きな火球が二人に向けて飛んでくる。


「いいわけあるかぁぁぁぁぁぁぁ!」


 魔術で老いを止めたボッチ系ロリ幼女が業火の魔術を放ったのだ。


 エルフは華麗に後転してこれを避け、アルフォンスはとっさに氷結の魔術で相殺する。


「アビちゃん……」

「何よその目は。それよりも、ムリして王都に行かなくていいのよ?ここで、ずっと一緒に魔術の研究をしてましょう」

「ありがとう。でも、僕は決めたんだ。世界を見て歩きたいって。でもね、きっと帰って来るから」

「ウワーン、アル〜」


 そんな駄々をこねる大魔導師を連れて行くのは、これまで彼を優しく育ててくれた祖母だ。

 彼女とはすでに別れを済ませている。


「はいはい。アビゲイル、いつまでも迷惑かけないの」

「だってぇ〜」

「男の子の決断だもの、尊重してあげましょうよ」

「あ~ん。アル〜!!」


 だんだんと騒がしい声が遠ざかる。 

 アルフォンスは、そんな賑やかな恩人との別れに胸が痛む。


 ポンとアルフォンスの肩を叩いたのは、闇の住人ツクヨミ。


「……また」


 彼女らしい挨拶にアルフォンスは頷くことで応える。


 ーーーと、その時、アルフォンスに殺気が向けられる。


 とっさに身をひねって拳を避けると、今度は背後から強烈な一閃。

 アルフォンスは黒龍のナイフを鞘から抜いてこれを受け止める。


 甲高い音が響き、両者の動きが止まる。


「ガッハッハ。見事、見事」


 破顔して、手を叩くのは戦闘狂その1の虎獣人。 


 「然り」


 剣を納めたのが戦闘狂その2の【剣聖】である。

 この二人、性格は正反対だが、戦闘狂という一点でのみ共通し妙に気が合う。

 

「とっさにオレとレオの一撃を躱せるならこの先も安心だ」

「うむ」


 二人ともそれらしいことを言ってはいるが、ただ力試しをしたかっただけだと周りの面々は知っている。

 周囲の白い目が見つめる中でも動じない、鋼の心の持ち主たちである。


「師父、師匠。ふたりとも、僕をここまで鍛えていただき、ありがとうございました」


 アルフォンスが素直にアタマを下げると、ふたりは笑って頷く。


 最後に、アルフォンスを見送るのは彼の祖父だ。

 ふたりは何も言わず見つめ合うと、しっかりと握手を交わす。


「行ってきます」

「ああ」


 短いやり取りだったが、ふたりにはそれで十分だった。

 ふたりの胸にはこれまでの思い出が去来する。

 思わず涙が溢れそうになるが、アルフォンスはグッとこらえる。

 旅立ちに涙は不要だからだ。 


 ちなみにこの場には、【狩聖】トマスの姿はない。

 他の村人から、別れが辛いから来れないのだと伝え聞いて、トム爺らしいなとアルフォンスは思ったものだ。


「さあ、それじゃ出発や。アルフォンス、早う馬車に乗りや」


 パンパンと手を叩きながら努めて明るく振る舞うミツクニの言葉に、アルフォンスばかりでなく、隊商の面々も動き出す。


 だが、隊商の冒険者たち……は先程見た出来事が信じられなかった。


「あの少年は何者だ?」

「おい、【始王の両翼】の攻撃をいなしたぞ」

「その前の火球も相殺してなかったッスか?」

「嘘だろ」

「そんなこと出来る魔術師なんてそうそういない」

「きっと、何かの見間違えだな……」

「そうだな」

「そうッスよ」

「「同意」」


 業火の大魔術を相殺し、剣聖、拳聖の攻撃を交わしてみせたこの少年は何者だと。

 最終的に彼らは見間違えだと、結論づけたようだ。


「あれは何だ……?」

「よく分からない。だが、オレたちはヤバい依頼を受けたのでは?」

「いや、先王様が下々の者に迷惑をかけるような依頼をするはずがないだろ」

「だが、破格の依頼金だよな……」

「「大丈夫か……?」」


 一方、グルックとフランシスも、とんでもない者を預かることになったのではないかと頭を抱えていた。



 こうして、英雄たちの弟子であるアルフォンスが村を旅立ったのである。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★




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