第11話 始王
今から40年ほど前。
宣戦布告すらなく、突如として王国やその周辺の国々に攻め込んだ異形の軍勢は、一切の慈悲なく人々を蹂躙していった。
【魔王領域】それはゼルトザーム大森林を挟んで大陸の北方にあるとされ、【魔王】と呼ばれる者が治める地。
これまでに大森林南方の国々との交流すらなく、そのような場所や国があるのかすら定かでは無かった。
ゆえに、そこは【国】ではなく【領域】と称された。
攻め込まれた人々の怨嗟の声は【魔族】と呼ばれる魔王領域の住人たちにとっては、心地良い音楽。
そして、流す血は魔族の喉を潤す果実酒であった。
攻め込まれた当初は各国、各領地が個々に魔王領域軍と戦ったがために、各個撃破の憂き目に遭った。
それを糾合し、人族対魔族という大きな図式の旗印となったのが、ノイモント王国の片田舎から身を立てたひとりの男だった。
――【勇者】
後に誰からともなくそう呼ばれることになった男。
それは、魔王領域軍に攻め込まれた人類の最後の希望であった。
癖の強い英雄たちをまとめ上げ、保身に走る各国要人たちに抗戦を決意させた男は、やがてゼルトザーム大森林を抜けて魔王領域への逆侵攻。
そして、魔王の討伐を果たす。
その後、先王のひとり娘であった【聖女】……のちの【癒聖】エリザベート・フォン・ノイモントと結ばれ、人々に望まれる形で王位に就いた男は、それまでの悪習を一掃してノイモント王国を大陸南方の覇者と呼ばれるまでの地位に押し上げたのであった。
人々は、それまでの王国の制度を一新して、国を隆興させた王を称えた。
新たな国の王――【始王】と。
その人物が長き沈黙から今、グルックたちの前に現れたのだった。
オイゲン・フォン・ノイモント。
偉大なる先王である。
グルックやフランシスにとって、ミツクニが雲の上の存在ならば、オイゲンは虐げられていた獣人の地位を向上させ、奴隷といった悪しき制度を撤廃したいわば神のような存在だ。
慌てて土下座しようとするふたりを、オイゲンがやんわりと制止する。
「おいおい、そこまで畏まらないでくれんか。ここにいるのは単なるジジイじゃ」
「いえ、そんなわけには……」
「そのとおりです。我々は貴方に恩義がある」
「それは嬉しいが、孫の前で偉ぶりたくはないのでな。理解してくれると助かる」
そう笑いかけるオイゲンに、グルックとフランシスは驚きを隠せない。
かつて、一国の王であった人が、よりによって獣人である自分たちに頭を下げているのだ。
「……はっ、はい」
「分かりました」
「それは良かった」
するとオイゲンはたちまち破顔する。
その人好きのする笑顔に、グルックとフランシスはあっけなくこの男の虜になる。
これこそが、圧倒的なカリスマ性によって人類をまとめ上げた男の本領であった。
「やれやれ。また惹きつけおったか。」
「人聞きの悪いことを抜かすな。人徳と言え、人徳と。のう、グルック殿、フランシス殿」
「オレたちの名前を……」
「どっ、どうして……こんな一介の商人ごときを……」
突然、オイゲンの口から飛び出した自分たちの名前にグルックたちは驚きとともにこの上ない歓びを覚える。
「当然じゃ。これから孫が世話になるのじゃからな。それに、ここまで来れた有能な商人なら名前を覚えても損はないじゃろうて」
更には自尊心までもくすぐられるようなセリフである。
もう完全にふたりは、目の前の男に心酔してしまっていた。
「お任せ下さい。何があってもお孫さまを王都までお連れいたします」
「はい。この命にかけても」
ふたりは心からそう答えるのであった。
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