第9話 推察

 一方、ウルペス商会のグルックとフランシスも緊張しきった面持ちで宴会に参加していた。


「おい、あそこで給仕してるのって……」

「間違いない【聖宰】マリア・フォン・シュウィンガーだ……」

「何で『凄玉宰相』がそんなことしてんだよ……」

「分からん。それにあそこで酒樽を抱えて飲んでるのは【聖鍛】バザルトだ……」

「駆け出しの頃、剣を扱わせて欲しいって頼みに行ったから覚えてる」

「あれか?『金で誰にでも買える剣は打たない』って断られたやつ」

「ああ。間違いない。いったい何なんだよこの村……」

「知るかよ!」


 何食わぬ素振りで、ふたりともこそこそと話しているが、その内心はあまりの出来事に動揺しまくっている。

 何しろ、かつての英雄たちがあちこちにいる場に放り出されたのだから、それも仕方のないことだろう。


「そう言えば……」


 そんな内緒話の最中、フランシスがとある噂を思い出す。


「このノイモント王国を再興した、かの【始王】様は後事を現王に託して表舞台から姿を消した。同時に始王を慕う【始王の十聖】や各有力貴族の当主もその行方が分からなくなったと」

「そんなの、てっきり都市伝説だと思っていたが……」

「ああ、当時は魔王領域軍の残党に殺されただとか、腐敗している旧貴族どもを憂いて他国に出奔したとも言われてたな……」

「そう言えば、現王の世に己や英雄たちがいつまでも居座っていては、後進の妨げになるからと表舞台から身を引いたとの話もあったな……」

「それだ!」

「えっ?」

「こんな辺境の地に不釣り合いなほど立派な村。天下の『エチゴ商会』がひた隠しにする行路……エチゴ商会の創始者は誰だ?」

「そりゃあ、【聖商】ミツクニ……そうか、ここは……」


 ふたりはひとつの結論にたどり着く。

 

 ここは、かつて王国の中枢で辣腕を振るった貴族たちや、魔王領域軍と戦った英雄たちの住処なのだと。



 

 どうしてここに英雄や元貴族たちがいるのか?


 ――始王とともに表舞台から身を引いた人々が隠れ住んだから。


 どうしてここがエチゴ商会でもごく一部しか知らない行路なのか?


 ――この村の秘密を守るため。


 どうしてここに来れば巨万の富が得られるのか?


 ――かつての英雄たちが、目の前にあるゼルトザーム大森林で狩った獲物を譲られるから。



「だから、この村に来るときにたくさんの証文にサインする訳だ……」

「始王様が表舞台から姿を消してもう十年以上か……」

「その間、ずっと秘密は守られてきた訳か……」

「もしかすると、あの証文には【強制ギアス】の効果でもあるのかもな」


 ふたりがそんな会話を交わしていると【聖商】ミツクニがやって来る。


「どや、やっとるか?」 


 先に挨拶を交わしているとは言え、商人である彼らにとってミツクニは常に敬うべき人物である。

 ついつい、背筋を伸ばして敬語になってしまう。


「はっ、はい。おかげさまで」

「こんなに歓待していただいて、ありがたく思います」

「本当に、キングワイバーンなんて貴重な肉をこうして食べられる人間がどれだけいることか」

「一生の思い出になります」

「ええて、ええて。あの脳筋がたまたま狩ってきたおこぼれやさかいな」 


 そう言って笑うミツクニ。

 グルックとフランシスもつられて笑う。


「ところでな。ここまで来てくれた訳やから、相応の取り引きをしないと、ワシの名がすたるちゅうもんや」


 そして、ミツクニは今回の荷物の対価としてひとつの筒状の魔道具を手渡す。


「これは?」


 見たこともない形の魔道具に、グルックはそれが何かを尋ねる。


「それは【収容筒】や。中に【マンティコア】が入っとる」

「ママママママ……マンティコア!?」

「ホントにいたのか?」

「ああ、後で使い方を教えるさかい確認してな。レオンハルトが首を落としたヤツやから、素体の程度もええで」

「フランシス!ついに俺らにも運が巡ってきたぞ!」

「ありがとうございます。ありがとうございます」


 わざわざここまでやってきた苦労が報われた瞬間であった。

 王都に戻ってからどうするか、そんなとりとめもないことを考え始めるふたり。


 更にミツクニが話を続ける。


「それでな、ひとつだけワシのお願いを聞いてくれるなら、これのオークションの仲介を任せてもええと思ってる」



 ミツクニは、懐からもう一つ収容筒を取り出してふたりに見せる。


「それは?」


 そう尋ねるグルックに、ニヤリと笑ったミツクニが告げる。


「【災厄の竜】ニーズヘッグや」




 

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